ウィーン国立歌劇場専属で夢中に歌った10年間バリトン歌手 甲斐栄次郎

指揮者も素晴らしかった。中でもイタリアの巨匠、リッカルド・ムーティが指揮する「フィガロの結婚」(モーツァルト)にアントニオ役で出演した際はオーケストラ・リハーサル冒頭、あの有名な序曲の最初の音を聴いた瞬間に鳥肌が立った。ウィーン・フィルの美音には違いないのだが、「指揮者によってこれほど変わるものか」と驚いた。主にイタリアオペラ作品に出演することが多かったので、マルコ・アルミリアート、ファビオ・ルイージ、エヴェリーノ・ピドらイタリア人マエストロの引き出す音楽に、共感するところが大きかった。

ウィーン国立歌劇場専属歌手だった時期のプロフィール写真

イタリア留学のスタートと同時に、ソプラノ歌手の山本美樹と結婚した。「そこから先に進むには1人より、2人で歩む方がいい」と考えた。美樹もウィーンで勉強を続けたが、1男1女を授かり、今は子育てを優先している。ウィーンは生活しやすい街で、電車やバスでのベビーカーの移動にも無理がなく、誰かがさっと、席を譲ってくれる。子どもやお年寄りに対する思いやりが当たり前としてある街だ。そんな街だからこそ、音楽、芸術を大切に受け継いでくることができたのかもしれない。

甲斐栄次郎(かい・えいじろう)バリトン歌手。1969年、熊本市生まれ。東京芸術大学卒業、同大学大学院修了。ニューヨークとボローニャでの研鑽後、2003年から10年間、ウィーン国立歌劇場の専属ソリスト歌手として活躍。出演した舞台は42役で336公演。トーマス・ハンプソン主演の「シモン・ボッカネグラ」においては、暗殺者パオロを緻密に表現、存在を深く印象付けた。同役では、レオ・ヌッチ、プラシド・ドミンゴとも共演。エディタ・グルベローヴァとの共演で、歌唱、演技共に高い評価を得たノッティンガム公爵(ロベルト・デヴェリュー)をはじめ、エンリーコ、ベルコーレ、シャープレス、マルチェッロ、レスコー等、特にイタリア・オペラ作品において高い評価を得ている。国内では、二期会「フィガロの結婚」タイトルロール、小澤征爾指揮「ドン・ジョヴァンニ」タイトルロール、新国立劇場「鳴神(市川団十郎演出)」鳴神上人、「蝶々夫人」シャープレス、東京文化会館「古事記」イザナギ等で出演。「第九」、「ドイツ・レクイエム」等のソリストとしても活躍。
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