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ウィーン国立歌劇場専属で夢中に歌った10年間 バリトン歌手 甲斐栄次郎

2014/1/28

 「音楽の都」と呼ばれるオーストリアの首都、ウィーン。私は2003年から13年までの10シーズン、ウィーン国立歌劇場専属のバリトン歌手として舞台に立ち、42の役を演じた。

■40代半ばで帰国を決意

 過去にソプラノの白石敬子さん、佐々木典子さん、テノールの山路芳久さんも専属だった。10年も続けたのは私くらいだと思う。専属歌手として15年を超えると、終身雇用になるとも聞いた。だが契約は1年ごとで、先の見通しが立たない不安定な生活に変わりはない。子どもの小学校入学が迫るにつれ、日本の地で育てたいとの気持ちがつのり帰国を決意した。

昨年9月、日本に演奏活動の本拠を戻し、しっかり着地した(東京駅丸の内北口で)

 劇場幹部は残念がって下さったものの、専属歌手としては、すでに演じられるだけの役は演じた気がする。日本でのキャリアを少しでも早いうちに再開したくもあり、44歳になる昨年、切りのいい10年でウィーンを去った。

 海外に出る前、オペラのレパートリーはモーツァルト作品を中心に10役くらいだった。ニューヨーク留学中に「君の声の響きにはドニゼッティやプッチーニなど、イタリアオペラが合っている」と、何人もの指揮者やコーチに勧められた。

 いったん帰国した2002年に東京二期会で宮本亜門演出の「フィガロの結婚」(モーツァルト)の題名役を務め、五島記念文化財団のオペラ新人賞を授かったのを機に、その助成金でイタリアのボローニャへ留学した。ブルーノ・リガッチ先生らに師事しながらイタリアオペラへの傾倒を深めた。02年のうちに第8回リッカルド・ザンドナイ国際コンクール3位、第10回ティート・スキーパ国際コンクール1位と成果を収め、自身の本当に進みたい方向へ一歩ずつ、近づいて行った。

 高校生時代から、「ドイツ語圏の国公立劇場に所属すれば『仕事』として歌手ができる」「ドイツ語圏であっても、大きな劇場であればイタリアオペラを原語で歌うチャンスはある」と、将来を見据えていた。イタリアでの留学生活は1年という短い期間であったが、その間にウィーン国立歌劇場のオーディションを受けるチャンスに恵まれた。

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