2014/1/20
自らロビーのカウンターに立ち、お客と会話する

小さいころから旅館の仕事を手伝う機会は多かった。「いずれ自分が継ぐのでは」。そんな意識は昔からあったという。

高校卒業後、上京し観光の専門学校に進学。20歳で卒業、帰郷し宿で働いたが、再び上京し東京の不動産会社に勤める。活気ある職場、友人と過ごす週末。ビジネスや遊びを体験した。

その後、恋愛、結婚、米国生活、2人の子の出産、帰国、離婚を経て、東京でのシングルマザー生活へ。仕事と子育てに忙しい中、父親が病気で「余命半年」との連絡が来る。看病のため子供と一緒に帰郷した。

父親の死後しばらくして、老朽化した旅館をどうするか、話し合いが始まった。補修だけでもかなりの費用がかかる。いっそ閉めよう、あるいは宿泊をやめ風呂だけの施設に。そんな案もあった。

大切な人とのかけがえのない時間を演出

黄木さんは思う。せっかく祖父母が開き、叔母が続けてきた宿を、途絶えさせてしまっていいのか。「金銭ではなく気持ちの問題でした」。自分が後を引き受けることにしたものの、不安は大きい。うまくやっていけるか。「腹をくくるというのは、こういうことか」と分かったそうだ。

では、どんな宿にするか。囲炉裏のある純和風の宿はどうか、といった声も出た。

アドバイザーを務めた外部の人が「中心になる綾子さんが作りたい宿を作ろう」と言ってくれた。それなら、と構想を練る。大切な人にきてもらう。ゆっくり過ごしてもらう。また来たいと思ってもらう。そんな宿ができたらうれしい……。そうした中で「おふたりさま専用」という発想が生まれた。

改装前の旅館では、夜も騒ぎたい人、ゆっくりしたい人、風呂に入って寝たい人と、地元などの千差万別のニーズに応えていた。静かに自然と向き合いたい人には、宴会の音や子供の声が気になったかもしれない。申し訳ないな、と感じていた。

新しい宿は、大切な人と、じっくり語り合い、ゆっくりした時間を過ごす空間にしたい。「2人の特別な時間」のための部屋や食事に絞り込もう。首都圏など広範囲から来てもらえるかもしれない。わくわくした。

ロビーのソファも2人単位で配置

2人連れ専用の宿にしたい。張り切って親族などを前にプレゼンテーションした。「わあすごい」。そんな反応を予想していたが、うーんと沈黙。「みんなひいちゃって」。疑問が出る。定員を最大20人に減らすのはもったいない。そして「2人なんていかがわしい」。感覚の違いにがっかりした。

夫婦、恋人、友人、親子。誰にとっても大切な人がある。それが、なぜ「いかがわしい」んだろう。感覚のずれを説得するのは難しい。ホームページなどの表現を工夫すれば、受け取る人もいかがわしいとは思わない。そう説得した。

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「ありのまま」の姿勢に引かれるリピーター