2人連れ専用の温泉宿 客を絞り斜陽の旅館を再生女子力起業(9)編集委員 石鍋仁美

2014/1/20

1泊2食8000円だった温泉宿を2005年に改装。料金は1人2万円台になり、稼働率も大幅に向上した。キーワードは「おふたりさま限定の宿」。ニーズはあるのか。いかがわしく思われないか……。親族の心配や反対をよそに、女将(おかみ)は自らの思いを貫く。今では遠方からもリピーターが訪れる宿になった。

「時の宿すみれ」女将の黄木綾子さん

「『なぜ4人じゃダメなの?』『この時代に10人で行くと言っているのに』。おしかりを受けることもしばしばですが、メゲません……」。自分の名刺にも、そうはっきり印刷した。山形県米沢市の湯の沢温泉で「時の宿すみれ」を経営する黄木コーポレーションの代表取締役で、宿の女将(おかみ)、黄木(おおき)綾子さんの意志は固い。

施設とサービス、すべてを「おふたりさま仕様」に

親子、夫婦、恋人、友人。「大切な人と、特別な時間を過ごしてほしい」と願う。そのための工夫は徹底している。

まず1階のロビー。壁一面のガラス戸の向こうに、今の季節だと庭の雪景色が広がる。その風景を楽しめるよう、1人用のソファを2つ1組で置く。それぞれの組は少し離して並べている。

和室、洋室、和洋室が計10室。もちろんすべて2人部屋だ。各部屋の定員だけでなく、部屋数も改装前より2つ減らした。部屋にテレビはない。窓から周囲の自然を堪能しつつ、ゆったりした気分で会話を楽しんでもらう趣向だ。

食事はレストランでとる。2人用の半個室が6区画とカウンターのイスが2人ずつ4組。元は団体も入る大広間だったというが、その雰囲気はすでに全くない。提供するのは米沢牛を使った懐石料理だそうだ。一品一品、丁寧に説明する。

2人連れのみで年齢も中学生以上に限定した結果、提供すべきサービスが絞られ、質も向上したという。子供向けの料理や接客の用意が不要になった。団体客が入ると決まればアルバイトを確保して、といった準備も要らない。

ある一定の客層に向け、特化して腕を磨く。顔や名前も覚えることができ、愛着を持って繰り返し訪れてくれる人も増えた。今は利用者の4割がリピーターだ。

レストランもカウンター(写真)、個室ともすべて2人単位でしつらえる

以前の姿は違った。1980年、米沢市内で商売を営んでいた黄木さんの祖父母が開いた温泉宿の名前は「健康の宿 すみれ荘」。団体客、家族客、ビジネス客。宿泊せず湯だけに立ち寄る客。昼食だけの客もいれば、夜の宴会に集まる客もいる。

レストランでは山菜そばやラーメンなども置いていた。日帰り入浴料は400円。庭も有料で家族連れのピクニックなどに開放していた。

地元などの人たちに、いろいろな目的で広く使われる施設だった。しかし時代の流れとともに、経営は傾いていく。有料のはずの庭に料金を払わず入る人がいたり、日帰り入浴料だけで1日のんびりする人もいたり。改装直前は、そんな状況だったそうだ。