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聖夜彩るピアノの調べ 日本人女性が奏でるCD5選

2013/12/18

 クリスマスの夜、自宅で静かにピアノの響きに浸りつつ、ディナーを楽しむのはどうだろう。音楽ソフト全体では配信優勢だが、クラシックではまだ、CDなどパッケージソフトの需要が根強い。ちょっとしたプレゼントになるし、1年間まじめに働いてきた自分へのご褒美にも悪くない。日本の女性ピアニストの個性的録音をまとめて紹介する。

■チェルニー「48の前奏曲とフーガ」

 神谷郁代(カメラータ・トウキョウCMCD-99073~4)

 子どものころピアノを習った人なら「チェルニーの練習曲」を覚えていて、もしかしたら、余り楽しい思い出ではないかもしれない。カール・チェルニー(1791~1857年)はチェコ系オーストリア人の作曲家でべートーベンの弟子、リストの師に当たる。何より本人が鍵盤楽器のビルトーゾ(名手)だった。1千曲に及ぶとされる作品には、教育用の練習曲だけでなく、自らの輝かしい超絶技巧を発揮するための難曲も多いという。

神谷郁代のチェルニー「48の前奏曲とフーガ」

 死の年に完成した「48の前奏曲とフーガ作品856」は、リストに献呈された。楽譜には出版社の意向もあり「練習用の曲」と明記され、「長調、短調を含め24のすべての調性」を通じ「あらゆる古典作品を十全に演奏できるようになるために書かれた」とコメントしてある。実際にはJ・S・バッハの「平均律クラビーア曲集」以来の古典フォーマットに、より確かなキャラクターを描くロマン派の手法を融合させた佳作で、聴き応えがある。

 日本を代表するピアニストの一人、神谷郁代(1946~)のCDは「世界初録音」の重責を見事に果たした。「指を動かせばいいというものではない。細かいところまできちんと再現しつつ、音楽の流れをどう生み出せるかと考え、練習に10カ月を費やした。こんなに打ち込んだのは久しぶり」と、作品を手中に収めるまでの苦心を語る。若いころは鋭い楽譜の読み、激情で一世を風びしたが、今の神谷はどこまでも深く、作品の深奥に迫る。2011年に京都市立芸術大学の教授を定年で辞め、じっくり取り組む時間にも恵まれた。「まだ動物のエネルギーがあるうち、素晴らしい楽曲と出会えて良かった」と感謝している。

■モーツァルト「ピアノ・ソナタ全集」

 仲道郁代(ソニーSICC-30130~5)

 「トルコ行進曲付きソナタ」「きらきら星変奏曲」など、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~91年)の鍵盤作品もピアノ学習者の定番だが、プロのピアニストがいざ真剣に弾こうとすると、意外なほどの難しさを伴う。加えて、モーツァルト時代の鍵盤楽器と現代のグランドピアノでは作りや性能が異なる。大きなコンサートホールで最新のピアノを弾く際もピリオド(作曲当時の仕様の)楽器の性能や音色、奏法を踏まえた強弱法や文節法、装飾音などを採り入れないと、アマデウスはほほ笑んでくれない。

仲道郁代のモーツァルト「ピアノ・ソナタ全集」

 仲道郁代(1963~)は、芸能界に例えれば「アイドルから演技派への脱皮」に成功したピアニストだ。キーワードは「いつまでも好奇心」。ジャンルを越えた人々の胸に飛び込み、はらを割って話し「へえーっと驚くことで扉を開いてきた」という。かつてNHKの番組でポーランドを訪れ、ショパンが実際に弾いたピアノ(1839年フランス製のプレイエル)に出会って大感激した姿をそのまま、放映された。すると日本のピリオド楽器界の大御所でフルート奏者・指揮者の有田正広が「我が家にも色々あるから、弾きにこない」と声をかけてきた。ちょうどモーツァルトの連続演奏に取り組んだ時期。ピアノの前身であるフォルテピアノをはじめ、様々なピリオド楽器を使った有田の特訓が始まった。

 横浜・青葉台のフィリアホールで2009~12年と4年の歳月をかけたCD6枚組のソナタ全集(全18曲と8曲の小品)は現代のスタインウェーで録音したが、楽譜はベーレンライター版の「新モーツァルト全集」を使い、フォルテピアノから得た「細やかな表情の豊かさ」の感触も最大限に生かしている。とにかく楽しく精気に富み、夢中になって聴ける。

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