「クールジャパン」ファンド始動、3つの課題
編集委員 小林明
アニメ、映画、音楽、食、ファッション、観光……。
日本の文化やライフスタイルなど衣食住にかかわる製品、サービスの海外展開を支援する官民ファンド、株式会社「海外需要開拓支援機構」(クールジャパン推進機構)が11月25日から営業を始める。
安倍晋三政権が掲げるアベノミクスの成長戦略の一翼を担う目的で経済産業省が主導。政府出資300億円、民間出資75億円の計375億円で設立。出資金は今年度末までに600億円(政府出資500億円+民間出資100億円)に増額する見通しだ。
今後、どんなプロジェクトや企業を支援するのか?
どのような方法で選考するのか?
支援方法は期間はどう想定しているのか?
クールジャパン戦略のけん引役として期待される同ファンドの仕組みや概要を紹介すると同時に、選考や運用で乗り越えなければならない課題などについてまとめた。
「3つの不足」の解消が狙い
「クリエーターやデザイナーや中小企業にはプロジェクトの中身が優れて十分に収益性も見込めるのに、資金が少なく(資金不足)、足がかりになる海外拠点や海外提携先もなく(拠点不足)、情報やノウハウ、ブランド力などの戦略も不足している(戦略不足)というケースが多い。こうした3つの不足をなんとか解消したい」。経済産業省・海外需要開拓支援機構準備室の小糸正樹室長は機構設立の狙いをこう語る。
米コンサルティング会社A・T・カーニーの試算によると、文化産業5分野(ファッション、食、メディア・コンテンツ、観光、ものづくり・地域産品)の世界市場は2009年の463兆9千億円から20年には2倍の932兆4千億円に拡大する見通し。「そのうち日本企業の売り上げは現在2兆3千億円程度だが、20年までにこれを8兆~11兆円以上に増やす目標」(経産省)という。日本文化という「ソフトパワー」を生かして国内外で稼ごうという戦略だ。
民間出資は15社、75億円で始動
具体的には、クールジャパンの担い手となる有望な企業に出資し、民間資金の呼び水とするのが狙い。当初は100億円を民間から出資してもらう予定だったが、フタを開けると、民間分は75億円にとどまった。1社あたり5億円、15社で75億円を出資する。今年度末までにはこれを100億円に増やし、政府出資も300億円から500億円に増やす予定。機構の存続期間は約20年程度。短期的な視点でなく、長期的な視点から投資資金を回収する考えだ。
機構の出資額は1件あたり数億~百億円規模を想定しているが、小糸さんによると、早くも非公式に40~50件(総投資額3000億円以上)の投資案件が寄せられているという。クールジャパンの担い手として有望な企業をうまく支援できれば、「(1)海外で日本ブームを起こし→(2)海外で日本企業が稼ぎ→(3)海外から日本に人を呼び込んで消費を促す――という連鎖が動き出す」(流通関係者)と期待が膨らんでいる。
とはいえ、機構を運営するうえでの課題も少なくない。
「収益・意識・中身」の課題
最初の課題は収益性の見極めをどうするか。
計画では、会長(非常勤)の飯島一暢・サンケイビル社長、社長(常勤)の太田伸之・松屋常務執行役員のほか、槍田松瑩・三井物産会長、川村雄介・大和総研副理事長、高須武男・元バンダイナムコホールディングス会長ら社外取締役5人(非常勤)も含めて構成する「海外需要開拓委員会」が投資や株式売却などの方針を決めるとしている。
だが、仮に投資に失敗すれば税金で穴埋めしなければならず、逆に民間でも投資可能な案件を選べば「民業圧迫」との批判を浴びかねない。人員と時間が限られている中でどこまでチェックの目を光らせ、収益性を評価できるのか。まったく不安がないわけではない。
申請する企業側にも認識不足があるようだ。
「対象になれば政府からお金をもらえると思っている企業が少なくない。ファンドの出資は補助金ではない。損が出ないように回収する投資であり、それが民間出資の呼び水にならなくてはいけない」と小糸さんは注意を促す。内部の投資基準では(1)民間企業からの協調出資があること(2)適切な執行体制の確保――などの条件を明記しているが、短期的な収支だけにはとらわれないという機構の公的色彩もあるため、審査後の運用に甘さが出る恐れもはらむ。
7年メドに運用・選定を検証
投資案件の選択も難しい。
機構では「様々な企業・業種との連携や発信力、市場開拓の先駆け」を重視し、投資事例として(1)拠点となる空間(物理的空間/メディア空間)の整備・確保(2)M&A・合弁設立などを含めた海外需要の獲得・拡大(3)潜在力ある意欲的な地域企業の海外展開――などを挙げているが、クールジャパンの間口はかなり広い。
特定業種や似通った案件に投資が集中するのを避けなくてはいけないし、インフラの整備だけにとどまり、その後の収支や波及効果の検証を怠っていたら、せっかくの投資も無駄になりかねない。専門知識と柔らかい先見性を兼ね備えた選択眼が求められる。
「重要なのはいくつかの成功事例を早く作ること。それが民間出資の呼び水になり、運用資金もさらに拡大しやすくなる」と小糸さん。機構の存続は20年程度を想定しているが、設立からひとまず7年をメドに運用や収益、選定案件などを検証する方針だという。
株式会社「海外需要開拓支援機構」(クールジャパン推進機構)の社長に就任した太田伸之氏に今後の展望と抱負を聞いた。
――社長就任を決意した理由は
「昨年から知人を介してしきりに勧められたが、他の人の方が適任だと断っていた。でも、今年8月に正式に経済産業省から打診があり、そこまで自分を見込んでもらえるのならとお引き受けすることにした。これまでファッションビジネスを通じて海外に出掛ける機会は多かったが、日本文化は海外で買いたたかれる嫌いがある。日本をもっと高く売りたい。海外の買い手に言われるがままに値段を下げてしまうのではなく、しっかりと儲かる商売をしたい。日本人がプライドを持って海外で商売ができる土壌をつくりたい。そのための一助になれればと思う」
――どんな企業を支援したいか
「国際基準で見て、素晴らしい製品やサービスを手がけている中小企業が地方にたくさんある。地方からジワジワと日本全国に販路を広げ、ようやく海外市場に出るというだけでなく、地方から一気に海外市場に打って出るのもいい。海外で健闘している企業も多いが、バラバラで出て行くだけではなかなか勝てない。まとまって攻めればもっと成功する事例が増えるのではないか。そのための器づくりをしたい。最近は食のブランドへの信頼が揺らいでいるが、個人的には食の分野にも大いに可能性があると感じる。既存の枠にとらわれずに時代の先駆けになるようなやる気のある企業を応援したい」
――支援の方法の基準は
「民間のファンドは短期的な利益を重視する傾向が大きい。我々は官民ファンドなのだから、じっくりと腰を落ち着けて支援したい。中長期的な視点から、できるだけ息の長い支援をすることが大切。3年で結果が出るような案件もあれば、10~20年で結果が出るような案件もあるだろう。中途半端な支援で木が枯れてしまったら意味がない。水や肥料をじっくりやって幹を太らせる。企業側からの申請を待つだけではなく、機構側から企業側に積極的に仕掛けるような投資案件も手がけたい。そのためには先見性を見抜く眼力が求められる」
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