浮世絵と西洋の出合い 戦前の輸出茶ラベルの魅力デザイナー 井手暢子

大半の蘭字はいつ、誰が、どこで作ったか分からない。文字などの情報から大まかな制作年を絞り込むしかない。例えば、よく見る「MAIL AND RAIL」は、太平洋航路郵船と米国の大陸横断鉄道を経由したことを意味する。そこで、米国の鉄道史などを調べて、年代を推定するわけだ。

完成度の高さに驚く

(日本茶業中央会提供)
(日本茶業中央会提供)

私が蘭字と出合ったのは1989年夏。仏教壁画の研究で西チベットに行こうとしていた時、天安門事件が起き、計画を断念した。ぽっかり空いた時間を埋めようと思い立ち寄ったのが、住まいのある静岡県菊川市の市立図書館菊川文庫だ。そこで、たまたま日本茶業中央会が所蔵する蘭字の展示会に出くわした。

中でも、欧文レタリングの完成度の高さには目を見張った。関係者に聞くと、明治初めから蘭字が作られていたという。

日本における近代的なグラフィックデザインの始まりは通説では1887年(明治20年)前後とされてきた。だが、それより10年も前に、近代グラフィックデザインの要素を持つ蘭字が日本にあったことに驚かされた。

(日本茶業中央会提供)
(部分、日本茶業中央会提供)

横浜の実家に用事があり、蘭字の参考資料を捜すつもりで立ち寄った開港資料館では800枚もの蘭字に出合った。しかも、誰も研究していないという。蘭字の研究は最初、自分には荷が重いと思ったが、力不足でも静岡と横浜に拠点のある私がデザイン史の面だけでも急いで調べて記録しておかないといけないと考えるようになった。

茶業界でも再評価機運

蘭字をじかに知る方々が高齢であったことにも背中を押された。制作現場を知る方々の話を直接聞く機会に恵まれたのは幸いだった。茶の輸出が盛んだった頃を知っている茶商や、代々浮世絵の摺師だったという方などからも話を聞き、93年に「蘭字―日本近代グラフィックデザインのはじまり」という本を出した。

茶の業界でも蘭字を再評価する機運が高まり、日本茶業中央会では毎年、蘭字を配したカレンダーを制作するようになった。前著の刊行から20年がたち、その後に分かったことも盛り込んだ新しい本を近いうちに出したいと考えている。(いで・のぶこ=デザイナー)

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