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くらし&ハウス
安心・安全

助けられた人が助ける側に 新しい支え合い社会探る

2013/9/3

安心・安全

生活保護受給者やホームレスの人たちといえば、一般的には助けられる側の人たち。しかし一方的な支援が続くだけでは、支援する側もされる側も疲弊してしまいかねない。そこで、助けられた人が地域社会の中で助ける側に回れるような仕掛けづくりが始まっている。普通に生きてきた人もその中で助けられるといった新しい支え合い社会がつくれるかもしれない。

元はホームレス

元路上生活者が「生きていれば笑える日もある」と訴える生笑一座の公演(福岡市で)

8月8日、福岡市内のホール。千人以上の聴衆を前に「生笑(いきわら)一座」の初公演が始まった。プロの劇団などではない。メンバーの中心は元ホームレスの人たち。命の危機を乗り越えてきた経験を生かし、いじめによる自殺が問題になっている子どもたちに「苦しいときは『助けて』と言おう。生きてさえいれば、いつかきっと笑える日がくる」というメッセージを伝えようと結成した。

まずはメンバーの経験談。松葉吉一さん(75)は野宿時代、一番つらかったのは「段ボールハウスに放火されたこと」と話した。松尾寿幸さん(61)は酒におぼれ、アルコール依存症に陥り、ホームレスになった。しかし「仲間に支えられ克服できた」。

舞台のスクリーンに松尾さんが野宿しながら飼っていた犬が映し出されときには、緊張のあまり「一緒に酒を飲んだ仲間」と紹介。会場は笑いに包まれた。

西原宣幸さん(64)は集めたアルミ缶を業者に売ってテント暮らしをしていたと説明。アルミ相場が低迷し収入が激減、「もう生きていけない」と思ったとき、民間の支援団体に助けられた。その後、働いて自立し、団体の活動を手伝うようになる。「支えられるありがたさも支える楽しさも知ることができた。皆さんも時には人を助け、時には人に助けられてください」と訴えた。

最後は「ひょっこりひょうたん島」の大合唱。「苦しいこともあるだろさ、悲しいこともあるだろさ、だけどぼくらはくじけない」という歌詞が胸にしみる舞台となった。

生笑一座をつくったのはNPO法人北九州ホームレス支援機構(北九州市)。機構が支援してきた人たちが一座のメンバー。奥田知志理事長(50)は「つらい思いをしてきた当事者の声が子どもたちにも一番届くはず。助けられた人が助ける人にもなる社会には希望が生まれる」と一座旗揚げの背景を語る。社会の中で役割を持てば人は元気にもなる。一座のメンバーもきちんと働くようになったり、生活保護から抜け出したりする人が目立つ。

この日は福岡県人権・同和教育研究協議会が小中高校の先生たちを対象に開いた夏期講座だった。公演は好評で、「うちの学校に来てもらいたい」との依頼が届き始めた。一座は今後、学校などでの公演活動に本格的に取り組むという。

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