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涼感抜群! メゾソプラノの美声で聴く世界の歌 加納悦子と小山由美、日野妙果

2013/8/17

残暑感満載の夏休み。クーラーやかき氷、生ビールとともに、メゾソプラノの美声で涼を得るのはいかがだろう?

華麗に装飾音を転がし、声の超絶技巧で客席を圧倒するソプラノの緊張感。弦楽器のコントラバスやチェロを思わせる豊かな低音を響かせるアルトの抱擁感。女声の並外れて高い声、低い声のいずれも、酷暑にはそぐわない。両者の中間の音域で、「いちばんノーマルな人間の声」(米国のメゾソプラノ、スーザン・グレアム)と自負するメゾソプラノには過剰感がなく、かんきつ類のようにキリリと引き締まった音色からは涼風が立ち上る。

■シューマンの晩年に向き合う加納悦子

今年の夏は、日本人メゾソプラノのCD発売が相次いだ。しかも大編成の管弦楽と渡り合うオペラではなく、ピアノの伴奏だけで自らの音楽性を問う芸術歌曲。加納悦子はドイツ語、小山由美はロシア語、日野妙果は日本語と、言語のバラエティーにも富んでいる。

新国立劇場オペラパレスで二期会が上演した「ホフマン物語」。加納悦子は「ズボン役」のニクラウスを演じた(撮影・三枝近志)

加納悦子は二期会が7月末から8月初め、東京・初台の新国立劇場オペラパレスで上演したオッフェンバックの歌劇「ホフマン物語」(粟国淳演出、ミシェル・プラッソン指揮)で主人公ホフマンの友人ニクラウス、詩人に霊感を与えるミューズの二面性を備えた難役を見事にこなした。二クラウスは「フィガロの結婚」(モーツァルト)のケルビーノ、「ばらの騎士」(R・シュトラウス)のオクタビアンなどと並び、女性歌手が男性を演じる「ズボン役」の代表格で、メゾソプラノにとって実に「おいしい役柄」だ。加納は日本人としても小柄ながら、ドイツのケルン市立劇場オペラで歌っていた時代から、優れた歌唱と精彩に富む演技を通じ、ズボン役でも強い存在感を放ってきた。

「日本で勉強していた時代はナイーブで、歌手を職業として意識することもなかった。ただリート(ドイツ語で『歌曲』の意味)が好きで、ドイツを留学先に選んだ」。全国各地に歌劇場が点在するドイツでは「オペラを歌わないと話にならない」上、ケルンのオペラスタジオで学ぶ機会を授かって、舞台人に変身した。だが「歌い手の根っこはあくまでリート」といい、コジマ録音から発売したソロ・デビュー盤「メアリ・スチュアート女王の詩」(ALCD-7172)にはシューマンの「後期歌曲集」から34曲を収めた。

加納悦子「シューマン後期歌曲集」

ここには「女の愛と生涯」「リーダークライス」など、シューマン30歳の「歌の年」に生まれた有名曲はなく、10年後の1850年ころに書かれた陰影の濃い作品だけがある。次第にシューマンの精神の病が進み「死を意識する中で音がどんどん少なくなり、本当に聞こえた音だけ並んでいるような世界に長く、魅せられてきた」と、加納は打ち明ける。中でも17歳で早世したドイツ系ロシアの女性詩人、「エリザベト・クルマンを偲んで」と題された「7つの歌」作品104は加納らしい選曲だ。シューマンが出版の際に書き添えたコメントも自ら日本語に訳し、歌詞の対訳に添えた。「クルマンの詩自体は正直、大したものではない。天使に真実を見ていた晩年のシューマンが、その『子ども性』にひかれたと思うと、ゾクゾクする」。一つ一つの音符に確かな意味を与える長尾洋史のピアノともども、私たちにあまりなじみのないシューマンの世界を奥行き深く造形し、現代によみがえらせる。

「リートは自分を出すために歌うんじゃない。自分というフィルターを介し、リートを送り出していく」。優れたドイツ語のディクション(口跡)も相まって、加納の音楽観がすみずみまで浸透した名盤だ。

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