やり直しはできる 石倉洋子教授の起業心得5カ条
起業を目指す女性を応援する「ウーマンズ・イニシアチブ・フォーラム スキルアップセミナー」(日本経済新聞社主催、6月3日)が開かれ、慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科の石倉洋子教授が起業の心構えについて講演しました。「やり直しはきかない」というネガティブな思い込みこそ最大の敵――。大学卒業後、通訳などの仕事をしながら7年間の「フリーター」生活を経て米国に留学した自身の人生も、やり直しの繰り返しだったとか。石倉さんの説く「起業の心得5カ条」を紹介します。
「こんなものがあればいいな」「なぜこういうものがないのか」と身近なことから考えること。自分がよく知っていることで勝負をしよう。起業というと、何か「特別なすごいこと」を考えなければ、と思ってしまうが、これは失敗のもと。小さなことでも、常にアイデアを生み出そうとしていると、別のところで思わぬ進化をすることもある。また、様々な「点と点」がつながり、大きなアイデアになる。
この第1条は石倉さんご自身の失敗経験からきているそうです。
「あるとき、私を含めて3人の登壇者がいるセミナーで講演したんです。私は3番目の登壇者で、準備していったものをすべて前の2人にいわれてしまった。案の定、自分もしどろもどろになるし、自分が話している間、お客さんの反応がさえないのもよくわかった。その日はやけ酒(笑い)。でも、このときのことを考え直すと、本当は自分だけしかいえないことがあった。前の2人はとても偉いというか、頭のいい人たちだったから、難しいことをいっていたのだけど現場の経験はあまりなかった。私はもっと、自分が経験してきた身近なことを話せばよかったんだとあとで気づきました。無理して偉そうなことを話そうとして大失敗した例です」
自分自身のセールスポイントを探すときに「学歴・年齢・性別・経験・資格」に代表される、客観的なものでなくてはならない、と考えがち。その結果、自分にはセールスポイントがないと嘆く人が多い。しかし本来、ユニークさとは人から見てすぐにわかるような「ハード」なものではなく「粘り強さ」「体力がある」といったような「ソフト」なもの。
ではその「ソフト」なセールスポイントはどのようにすればみつかるのでしょうか。
「見えにくい『ソフト』な得意分野を見つけるためのコツは『新しい場所に出かける』ことです。海外に行ってみる、というような大きなことでなくても、いつもと違う人とランチに行くとかでいい。新しい人と話すことで、自分の得意分野や新しいアイデアが見えてくる」
「最近私も、10年間勤務した一橋大学から、慶応義塾大学に移った当初、この選択は人生最大の失敗だと思っていました。なぜこんなにつらいんだろうと自分で思い当たることをリストに書き出したら、自信をなくしていることに気付きました。新しい場所で貢献しなければというプレッシャーがあったんですね。けれど、新しい場所で最初は何もわからないのが当たり前。そう気付いたらふっと楽になりました。今はとても楽しくやっています。前いたところにかつて自分がいたなんて信じられないくらい」
日本の教育現場でありがちなのが「正しい答え症候群」(問題に対して常に1つの正解だけを要求する傾向)。しかし、アイデアは「質より量」。以前は仮説を立て、ある程度練られたアイデアを出すことが必要だったが、クラウド技術などが発達した今、多くのデータを保持できるし、アイデアを練ることよりも多く出すほうが、コストも格段に安くなっている。アイデアは何百といった単位で次々に出すことが大切。現在は価値観も多様化したし、世界中を見渡しても正しい答えが1つとは限らないことがわかる。
多くのアイデアが生まれたら、次は人に説明し「シェア」しよう。アイデアを隠し、抱え込み、自分ですべてやろうとしている人がいるが、大きな誤り。一人よがりのアイデアはそれが「誰のため」「何のため」なのか、という基本を見失わせてしまい、ニーズがないものになる危険性がある。これを避けるため、様々な意見を聞き、反応を知ることが大切。聞いているうちに、さらによいアイデアが生まれたり、支援してくれるパートナーに出会えたりすることもある。
以下は第3条、第4条をまとめたイメージ図です。情報共有の環境が劇的に変化した現在と過去では、起業の環境も一変したことがわかります。
アイデアが生まれたら、すぐに動く。本を読んだり、著名な人のツイッターをフォローしたり、セミナーに参加したりするのもよい。「今は仕事が忙しいから……」というようないいわけのリストは誰でも、いくらでも作れてしまう。「いいわけリスト」を作らないよう、アイデアを実行に移すとき、一緒に行う仲間を見つけよう。英語でも運動でも、仲間がいると励みになる。
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石倉さんの「やり直しのきかない選択なんて、人生においてほとんどない」という言葉が印象的でした。
「自分自身、うまくいかなければ戻ってきてまた同じことをやればいい、という言葉に背中を押されてやってきました。アメリカでの勉強は大変だったけれど、とても楽しかった。何事もやってみるまでわからない。その繰り返しです。ぜひ新しいことを試してください」
あまりに安易に走り出すのも考えものでしょうが「だめならやり直せばいい」というくらいの気持ちでないと、最初の一歩は踏み出せないようです。(構成 電子報道部 松本千恵)
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