2013/6/17

米国からの“旅行客”もご案内

海外からの利用者もいた。黒沢映画が好きな米国人。「自分に代わり、お気に入りのぬいぐるみに日本を観光してきてほしい」。そういう依頼だった。日本茶を飲み、日本語の新聞を読み、相撲のけいこ場を訪れる。そんな写真をたくさん撮影した。いずれ自分自身で日本を旅したい。そう思うきっかけになればと東さんは願う。

金融業界での激務から「リセットしたくなった」ことが、人生の転機となった

だから東さんの写真は、単なる記念写真ふうの構図、つまり名所を背景に1列に並んで、というものとは全く違う。生き生きと動き、食べ、語り合っている様子を、友達が横から、ちょっと写しました。そんな自然な絵柄を演出する。ぬいぐるみ自身はもちろん動かない。構図や写し方を工夫して動きを出すのだ。持ち主には、それぞれの「子」の性格や習慣をあらかじめ教えてもらう。それに基づき、活発なら活発に、おとなしい子はおとなしくと、ストーリーを組み立て、写真を撮る。

依頼者の思いをくみ取る感受性と、現場でのきめ細かい工夫やアイデア。両方が必要となる。手の込んだ仕事といえる。

東さんは、一直線に「起業」に向かって歩いてきたわけではない。10代のころは難民問題に関心があり、高校時代にはボランティアにも参加。国際機関への就職を希望し、上智大学では国際関係論を学んだ。ケニアの難民キャンプにも1カ月滞在。「まず、世界をマクロに見る視点を身につけたい」と、金融機関に進路を変え、三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)に総合職として就職。1998年のことだ。

しかし金融業界には逆風が吹いていた。アジア通貨危機に山一証券の破綻。就職先も国際業務を縮小していく。2年目にドイツ証券の調査部門に転職し、証券アナリストとして3年半勤務。海外出張も多い。「あまりの激務でリセットしたくなり」、アジア経済を本格的に学ぼうと早稲田大学大学院へ。

出会いとつながりが変える旅の意味

銀行員だったころ、ITやゲームなどの分野で、銀行やコンサルティング会社の出身者がどんどん起業していった。「すごいなあ」と思っても、自分も、とは思わなかった。

しかしドイツ証券で海外出張を繰り返す中で、ふと「旅」で起業できないか、という思いがわく。出張といえば仕事、買い物、食事。それだけでなく「現地の人などと、いい出会いの機会があり、つながりが増える仕組みがあれば、旅というものの意味や価値が上がるのではないか」。

ぬいぐるみとカメラを手に、街や観光地を駆け回る

大学院時代には「付加価値のある旅」のビジネスプランをまとめ、起業家が集まる国際会議で見てもらったことも。そうした中で「自分も、人をつなげる仕事で、何か起業したい」との思いが育つ。コンサルティング会社を経て7年前に独立。東京・品川にあった洋館にオフィスを構え、日本に住む外国人起業家と日本人が交流する場を提供するというビジネスや、女性起業家の集まるイベントの運営などを手がけた。

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分身「うなえ」の旅からひらめく