「文房四宝」を半減させるな!書家 柿沼康二

少なくとも100年ほど前までは、と言わざるを得ないのは約1世紀前に開発された「黒インク」(市販の人工墨液)が今日の書道文化では完全に、定番化しつつあるからだ。あの100円均一ショップなどで見かける、プラスチックケース入りの液体の墨液である。

文房「二宝」書道・書家、はびこる

学生や素人さんならまだしも、書家を名乗り、学校やカルチャーセンターなどで教える立場の者までが何の疑いも恥ずかしげもなく、「これは便利だ」と言わんばかりに公然と使っている。黒インクをジョボジョボと皿に注ぎ、墨を一切することなく、黒い液体で字を書く。指導者がこれでは、生徒が突然変異して墨をする可能性も、まずない。

柿沼康二「淡墨《道》」(C)Shoichi Nose

黒インクは私の考えにおいて、歴史的に言うところの墨とは違う。だから一線を引き、黒インクと呼ぶ。

先に述べた通り、墨は膠の含有が多いので気温や保存状態に左右されながら、最後は必ず腐敗し、悪臭を放つのが自然だ。黒インクには防腐剤が入っているので、半永久的に腐らない。膠の代わりに科学的に作られた接着用樹脂、煤の代わりに工業用カーボンを使った製品も多く、色は平板で輝きに乏しく、筆の滑りも墨に比べるとすこぶる、おかしなものになる。防腐剤、工業用樹脂、カーボンインクのいずれも、筆には「悪」とされる。

「インクを受ける皿があればいいから、硯は不要」「すらないから、墨は不要」というわけで時間や手間、手当てを惜しむ。この流儀を「文房『二宝』書道」、それを行う書家を「文房二宝書家」と、私は呼んでいる。メジャーな書道展でも、それなりの書の先生による黒インクの作品をよく目にする。色も墨の伸びも変だ。墨の織りなす美とはほど遠く、同じく書を志す者として、非常に残念に思う。

文房二宝書道の「率」を統計的に明言できないのはもどかしいが、「日本経済新聞」でも近いうち、リサーチしてみてはいかが? 書の先生、大家でも匿名なら、協力してくれるはず。きっと、驚異の高率となることだろう。

何でも「速く」のファスト文化に飽き足らず、チープさまで求める現代人のセンスを全面的に否定するつもりはない。だが決して欠かしてならない道具、工程を飛ばす姿勢から、良い書作品は絶対に生み出されない。少なくとも私は、師にそう教えられた。

「書を、書の歴史をなめるな!」

最後にこれだけは言っておこう。

墨、紙、硯……。しかるべき道具を使わず、黒インクで書かれた作品の50年、100年後の姿についてである。書かれた当時はどんなにビジュアル的に優れた作品であっても、黒インクは時とともに変色するばかりか、だんだん薄くなっていく。紙に対しても原因不明のシミや劣化を与え、芸術作品の価値ががた落ちになる危険を大いにはらんでいる。家宝のつもりで大枚をはたき、大先生に発注した作品がもし、黒インクで書かれていたとしたら……。考えるだに、おっかねえー!

歴史に残った書の名作や墨蹟は、硯とその鋒鋩、墨のすすと膠、しかるべき手すきの紙と独特の繊維構造を何一つ欠かなければこそ、何百何千年もの時の試練に耐え、今も私たちが目にできるのである。

書、そしてその歴史に、改めて畏怖の念を抱く。

柿沼康二氏(かきぬま・こうじ) 書家。5歳より筆を持ち、父の柿沼翠流、手島右卿、上松一条らに師事する。東京学芸大学教育学部芸術科(書道)卒業。高校の書道教師を辞し26歳で渡米。ニューヨークで個展を成功させ、2006~07年にはプリンストン大学特別研究員としてニュージャージー州プリンストンに滞在した。「書はアートたるか、己はアーティストたるか」の命題に挑戦し続け、伝統書から特大筆によるパフォーマンスまで、多彩なパフォーマンスを展開する。NHK大河ドラマ「風林火山」や北野武監督の映画「アキレスと亀」など題字も手がける。現在は柿沼事務所代表取締役社長兼所属アーティスト。1970年7月16日、栃木県矢板市生まれ。
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