「文房四宝」を半減させるな!書家 柿沼康二

墨には「最強説」がある。炭素や松の松煙、菜種油油煙など墨の内容物である煤(すす)が、その強さを決定するのではない。煤は墨の放つ色彩や墨の伸びを決める上で重要な役割を担うが、炭素そのものは非水溶性で、とても強いものとはいえないからだ。炭と一緒に練り込まれ、様々な物質どうしを着剤させる膠(にかわ)という物質が非常に強く、優秀なのだ。膠は動物の腱や皮、骨髄などから採取される動物性たんぱく質(コラーゲン)である。

墨の生死左右する硯

水溶性の膠が水を媒介に煤をしっかりキャッチ、時間をかけて固めたのが固形墨、水を介し硯で墨をすり、できるのが墨汁(墨液)だ。紙に落とされた墨汁はブラウン運動を繰り返しながら四方へ散らばり、それぞれの位置に静止。徐々に乾燥しながら、紙特有の細かく複雑な繊維に絡みつき、定着していく。

柿沼康二「濃墨《道》」(C)Shoichi Nose

接着剤である膠の本当のすごさは、接着時の力ではない。水溶性でありながら、いったん乾燥するとキャッチした紙の繊維や煤を、かたくななまでに離さない天然の有機的接着力にある。完全に乾燥した後、ちょっとやそっとの水をかけても、びくともしない。合成接着剤やアクリル顔料の硬質な固まり方と違い、天然ゆえの柔軟な伸縮性も備えるため、簡単にはパリッと割れて劣化しない耐久性や保存性に富んでいる。

次に紙。書家が好んで使う中国製や日本製の画仙紙は、独特の柔らかな風合いを持つ。画仙紙の特長は洋紙に比べ繊維がとても長く、しかも極薄であること。麻や楮(こうぞ)などを原料に、伝統的な手すきによって作られた画仙紙の繊維は複雑に絡み合い、織りなされているので薄くても耐久性に優れているのだ。

最後に硯。墨をする上で欠かせない天然石である。端渓硯(たんけいけん)、歙州硯(きゅうじゅうけん)などの中国産や日本の赤間硯などが有名。野球に例えれば、キャッチャー的な存在で、墨が伸びる(書きやすい)のも、美しい墨彩を放つのも硯しだい。粗悪な墨を生まれ変わらせることもあれば、良い墨を「駄墨」化させることもある。

大切なのは石それ自体の性質だ。硯の表面には鋒鋩(ほうぼう)という非常に細かい凹凸があり、水を媒介に硯の上を墨が行ったり来たりとすられるうち、固形墨が液体の墨へと姿を変える。鋒鋩の細かさ、荒さ、強さ、含有率と墨をする際に入れる力の加減が、墨の粒子の大きさを決定する。

うっかり見過ごしてしまいそうな、渋い石の道具ではある。その実、硯の善しあしを決定的に左右する鋒鋩を通らずして成立した書は歴史上、存在しなかったと言っても過言ではない。

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