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「文房四宝」を半減させるな! 書家 柿沼康二

2013/6/11

日本や中国では古来、筆と紙、墨、硯(すずり)をもって「文房四宝」と言われ、珍重されてきた。紙を使わず布や石に直接書く場合を除き、文字で意志を伝えたり、書き残すため何百何千年もの間、四宝を何一つも欠くことなしに、書という芸術は成立してきた。

■筆に紙、墨、硯

さてさて、現在はどうだろう。

書を、書の歴史をなめるな!

たった数十年の短い間に、文字は「書く」のではなく「打つ」ものに、取って代わった。人はこれまで長い間やってきた書記方法を大幅に変化させ、言葉の「音」に大きく依存するようになった。音をキーボードに打ち込み、変換された文字群から自分の求める漢字や言葉をチョイスし、文章をしたためる。そこに漢字を書けない、思い出せないという問題が見え隠れする。硯で墨をすり、筆で紙に文字を書くという歴史的な行為はもはや、年配の方々や一部の書道愛好者の間でのみ、かろうじて行われているにすぎない。

日本の文化芸術の大きな柱の一つである「書」、その文化を支えた4つの重要な宝物の存在意義が今、まさに問われている。

筆については前回のコラムで書いた。今回は筆以外の道具に触れてみたい。

ご存じの通り、衣類に付いてしまった墨は非常に頑固で、たやすく落ちない。板に墨書された表札の文字は風雨にさらされても何ら遜色なく何十年、何百年も残り続ける。風化や経年変化が目立つのは、むしろ木の方だ。徐々に色あせ、材質もやせこけていく。中国で発掘された殷時代の甲骨文や、日本の紀元後間もないころの土器に見られる墨書、約1200年前に書かれた空海の名筆での墨の濃淡、墨たまりなどを今なお、細部まで克明に見られるのは、墨の力によるものが大きいけれども、墨単独とは言い切れない。

筆、紙、墨、硯。4つの世界がせめぎ合い、混じり合って織りなす書の世界観を「柿沼流」に述べてみたい。

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