2013/6/4

ダイレクトメッセージ

さりげない会話から得た相手打者の性格なども加え、緻密な“工藤データベース”を築いていった

対戦相手の性格も研究しましたよ。夏のオールスター戦のベンチ内でのたわいない会話。シーズンオフのテレビ番組でのやりとり。そんなささいなことでわかるんです。「この打者はこらえ性がないな」とか「そうか、自分の信念を貫くタイプか」などと。

あまりに相性の悪かったバッターには「おまえ、何でオレの球をこんなに打っちゃうんだよ」と笑って聞いたこともありました。すると、「だって工藤さん、3回クビを横に振るとストレート投げるんですもん。ヤマを張りますよ」。

なるほど! ストイックな努力はあって当然ですがその上で、何でも盗んでやろう、という欲望が渦巻いているのがプロの世界なのです。もちろん、相手もこの会話から工藤攻略法のカギを探っていたに違いありませんが……。

子供のころから負けず嫌いでした。それが大人になっても変わらず、「もっとできることがあるはず」というエネルギーになったと思います。今でもその欲求は自分の中に涸(か)れることなくたくさんあるのです。

60歳になった自分をイメージしたとき、もうひと踏ん張りしないといけないな、と思っています。今の自分をさらにステップアップさせて、私を育ててくれた球界への恩返しをしなくては。そう真剣に考えています。

工藤公康(くどう・きみやす) 1981年度のドラフト6位で名古屋電気高(現愛工大名電高)から西武に入団。落差のあるカーブと相手打者の心理を読んだ配球を武器に、大舞台に強い左腕として西武の黄金期を支えた。生活の乱れから一時成績が落ち込んだが、食事の改善や大学教授らと連携したトレーニングで低迷から脱却。86年から2年連続日本シリーズMVP。95年ダイエー(現ソフトバンク)にフリーエージェント(FA)で移籍、捕手の城島健司(引退)を育て、99年にチームを日本一に導き「優勝請負人」と呼ばれた。2000年には2度目のFAで巨人へ。07年から横浜に移り、10年に西武に復帰。同年オフに戦力外となり、11年12月引退を表明。プロ野球29年間で224勝142敗3セーブ。最高勝率、最優秀防御率各4度など多くのタイトルに輝く。1963年5月5日生まれ、愛知県豊明市出身。日刊スポーツ評論家。
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読者からのコメント
野球ファン 50代男性 東京都
これほど理論家のプロ野球OBはいない。横浜の監督になる話が立ち消えになったが、こんな人材を指導者に起用しないのは球界の損失だ。ぜひ監督やコーチとしてもう一度、ユニフォームを着てほしい。
善ちゃん 60代男性 福岡県
学生に就職活動の基本や、労働法を教えたりしてますが、野球の話をよくします。一流選手と二流で終わる差は何かを示す具体例を教えてくれます。皆、素質はあっても大成しないのは、なぜか。「自分に投資する」ことの大切さ。また、毎日が大切で、それを、ごくあたりまえにやること。できるようで、なかなかできないことです。さすがと思ってます。
康正 30代男性 広島県
80年代後半の工藤さんの活躍を、西鉄ファンだったうちの父親が「工藤君、やるねえ」とはしゃいでいました。僕にとっても、憧れのプロ野球選手です。伊東さん、久さん、秋山さん、タイゲンさん、デストラーデさん、広岡さん、根本さん、みなさんが、僕にプロフェッショナルの野球を教えてくれたのです。バランスの取れた食事の大切さも、西武野球を通して学びました。これからも、活躍を期待しています。

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