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音楽家から迫る米現代史 コーエン兄弟とソダーバーグ カンヌ映画祭リポート2013(9)

2013/5/22

アメリカは若い国だ。貴族文化の伝統がない。だから大衆文化を大切にする。建築、デザイン、ファッション、映画、そしてポピュラー音楽。それらが文化史の重要な位置を占める。

米国のコーエン兄弟の新作「インサイド・ルウェイン・デイビス」は、1960年代にフォークの中心地だったニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジの、あるフォーク歌手の流浪の日々を描く。18日にコンペティション部門でプレス向け上映された。

コーエン兄弟「インサイド・ルウェイン・デイビス」

61年冬の1週間だけの物語である。グリニッチビレッジで弾き語りをしているルウェイン(オスカー・アイザック)には家も、金も、寒さをしのぐコートさえない。演奏していたカフェでけんかをし、猫を抱えて、友人を頼る。友人の妻は妊娠していて、ルウェインのせいだという。中絶費用をつくらなければならず、レコード会社をまわるが、レコードはなかなか発売できない。ルウェインは猫と共にシカゴに向かう……。

さえない男のさえない話である。だらしない男のだらしない話である。何か事件が起こるわけではない。ただ、世間になじめない男が、世間からはじきだされて、転がり続ける生き方を追う。あたかもユリシーズのように。そして、男の抱える孤独と人生の手触り、さらには60年代のグリニッチビレッジの空気を描き出すのである。

「ぼくらは深夜のテレビ映画で育ったからね」「見ていたのは60年代の喜劇映画だ。ボブ・ホープやトニー・カーチス。ハリウッドの一番悪い時代だね」。92年に東京でインタビューしたとき、兄のジョエルと弟のイーサンが言っていたのを思い出した。ちなみにジョエルは54年生まれ、イーサンは57年生まれだ。

第2次大戦後の繁栄を極めた黄金のフィフティーズが去り、60年代はアメリカにとって、夢が終わった時代となった。パルムドール受賞作「バートン・フィンク」(91年)をはじめとしたコーエン兄弟の映画のシニカルな世界観はここで培われたのであろう。グリニッジ・ヴィレッジの全盛期を直接知る世代ではないが、その時代の倦怠(けんたい)感や閉塞感、主人公のいらだちがひしひしと伝わってくる。

何より驚くのは映像の美しさである。画面の隅々まで淡い色調でスキなく構成され、柔らかい光に満ちているのだ。リアリズムではなく、むしろ様式美。主人公の情けない生活とは対照的な美しさなのだ。悲惨な生活と美しい光景が重なることで、悲惨さも、美しさも、より強く印象づけられる。

フォークブームの立役者と言われるミュージシャン、デイヴ・ヴァン・ロンクの回顧録をもとに、コーエン兄弟が自由に脚色した。ジョエル・コーエンは19日の記者会見で「この映画は本当に物語がなく、筋もない。だから私たちは猫を加えた。そう、猫を中心に映画は展開する」と語った。物語はあってなきようなもので、映像と音楽がすべてを語りつくしてしまうような映画だ。コーエン兄弟の新たな到達点である。

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