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火薬アートで開館祝う いわきの山に回廊美術館 美術家 蔡國強

2013/5/21

福島県いわき市は私の芸術のふるさとである。1986年に中国から来日後、美術館での個展を初めて開いたのが、いわきの地だった。個展の前には約半年間、この地に住んだこともある。私を支えてくれる25年来の友人が、今もいる。

■桜プロジェクトの一画

地元ゆかりの中国人美術家、蔡國強さんが火薬アートで「いわき回廊美術館」開館を祝った

地元ゆかりの中国人美術家、蔡國強さんが火薬アートで「いわき回廊美術館」開館を祝った

ここの山林の一画に、先月末、回廊美術館をオープンした。2年前の大震災後、桜の植樹のプロジェクトを始めた東北機工社長の志賀忠重さんら、地元の人とともに建てた希望の回廊である。

桜を植樹している山の麓に建つ回廊には、10年後のいわきの姿を描いた子どもたちの絵約100点と、この20年間いわきの人に支えられて試みたプロジェクトや展覧会の模様を撮影した写真約60点が6月末まで展示されている。いわきの写真家、小野一夫さんの作品だ。先月末の開館セレモニーでは、長さ99メートルの回廊の屋根の上に私の生まれ故郷、福建省泉州市から取り寄せた瓦を載せ、そこに引いた導火線に火を放って開館を祝った。

いわきは、特別な土地である。来日後、まだ30歳だった私は、油絵や水彩画、火薬を焼いてカンバスに描く火薬画などを持って東京・銀座の画廊を訪ね歩いた。しかし、どこもとりあってくれない。ところが、知人に紹介されたギャラリーいわきでは、多くの人が気さくに作品を買い、人間性を評価してくれた。いわきの人々のおかげで、先が見えない日本での生活に光が差したのである。

蔡國強さん

94年、いわき市立美術館での個展「環太平洋より」では、私を支える「地平線プロジェクト実行会」や市民ボランティアの方々とともに、海辺に打ち捨てられた廃船を引き揚げて美術館に展示。いわき沖の太平洋上に浮かべた船の間5キロに導火線を張って、海上に火を走らせるプロジェクトも実施した。この後も、東京、ワシントン、ニューヨーク、台北など各地で個展や展示があるたびに彼らは駆けつけて協力してくれた。

■渡米後も関係は健在

回廊美術館誕生のきっかけは2年前の震災にさかのぼる。95年、日本を後にして、私はニューヨークに活動の場を移したが、いわきの人々との関係は続いていた。震災の後、私は北京のオークションに復興支援のために参加し、いわきの7人の友人に義援金を送った。

志賀さんは、このお金を桜の植樹のために使わせてもらいたい、と言った。最初に聞いたときには正直、疑問があった。なぜ、家の修理や仮設住宅の建設といった火急の用に使わないのだろう。その真意を尋ねると志賀さんは言う。復興資材を運ぶトラックさえ、放射能の影響を懸念して立ち入りを拒むようになってしまった。ここから出て行く人もいる。私たち大人は、子どもたちに取り返しのつかない負債を残した。子どもたちが生まれ育った土地に誇りを持てるようにしてあげたい。山林に桜を植えるのは、そのためである……。

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