リストの名曲と楽しむ 村上春樹の「多崎つくる」

村上春樹の最新ベストセラー小説「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(文芸春秋刊、2012年4月15日発売)は19世紀ハンガリーの作曲家、フランツ・リスト(1811―86年)の連作ピアノ曲集「巡礼の年」をそのまま、題名に採用した。

作曲家の人生そのものをつづった小品群

言葉がなりわいの作家とはいえ、村上の音楽に対する感度は、桁外れに高い。前作の「1Q84」(2009―10年)ではモラビア(現チェコ領)の作曲家、レオシュ・ヤナーチェク(1854―1928年)の管弦楽曲「シンフォニエッタ」の再評価に火をつけた。2011年には世界的指揮者との対談本「小澤征爾さんと、音楽について話をする」も著した。楽曲名自体を表題化するのは、ビートルズのヒット曲に想を得た「ノルウェイの森」以来26年ぶり。クラシックに限れば、「巡礼の年」が最初のケースに当たる。

村上春樹の小説(文芸春秋)

リストが作曲した小品群は第1~3年と第2年補遺からなり、創作期間は20代の1830年代末から83年、死の3年前にまで及ぶ。最初は音による旅の風景スケッチ程度だった曲想は年輪を重ね、僧籍に入って以降は深く宗教的な感情に支配された心象風景へと変化していく。「巡礼の年」はリストの人生そのものをつづった音楽の自伝、あるいは日記帳の意味を持つ。この作曲背景を知れば、主人公の多崎つくるのみならず、友人たちや交際相手を含めた登場人物すべて、さらには読者それぞれの人生を「巡礼の年」の一語の下にたぐり寄せる、村上の巧みな作劇術(ドラマツルギー)の一端を解き明かすことができよう。

「巡礼の年」第1年《スイス》は1855年出版。最初は3部19曲の「旅人のアルバム」として42年に完成したが、その第1部から5曲、2部から2曲を選んで手を入れた上、新たな2曲を加え、現在の構成にまとめた。「ウィリアム・テルの聖堂」に始まり、「ジュネーブの鐘」で終わる9曲。リストが21歳の時にパリで出会い、35―44年に事実上の夫婦生活を営み、3児を授かったマリー・ダグー伯爵夫人との駆け落ち先、スイスでの愛の日々を追憶する意味合いが隠されている。

第8曲の「ル・マル・デュ・ペイ」が最初に現れるのは、村上小説の62ページ。大学時代の2年後輩、灰田青年が曲名を告げるが、多崎には高校時代の友人グループの一員でピアニスト志望だった少女シロが弾いていたとの記憶もあった。フランスの作家、エティエンヌ・ピベール・ド・セナンクール(1770―1846年)がさすらう青年の苦悩をつづった書簡体の長編「オーベルマン」から引用した標題。翻訳ソフトに「ル・マル・デュ・ペイ」の仏語つづりを入力すると、いとも簡単に「ホームシック」と出てくる。だが灰田は多崎に対し「一般的にはホームシックとかメランコリーといった意味で使われますが、もっと詳しく言えば、『田園風景が人の心に呼び起こす、理由のない哀しみ』。正確に翻訳するのはむずかしい言葉です」と説明する。村上も最後まで、日本語の訳を与えていない。

ベルマンの「巡礼の年」全曲

オーベルマンはパリから友人に宛て、「アルプスが自分の死に場所だ」と自殺願望、望郷の念がないまぜになった手紙を送る。リストはセナンクールの文学に霊感を受け、主題をきちんと展開するいつもの手法を離れ、短い中に多くの異なる旋律、和声の微妙な変化をちりばめながら「ル・マル・デュ・ペイ」でオーベルマンの繊細かつ、人恋しい心情に寄り添う。この曲を弾いたシロ、曲名を教えた灰田とも、多崎との関係を唐突に断つ。

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