男性名の流行は1字→2字、誠から大輔へ
編集委員 小林明
前回、「女性名から『子』が消えたワケ? 明美が分岐点」と題して日本人女性の名前のトレンドについて紹介したところ、読者の方から「男性名のトレンドについても知りたい」というご意見を多数いただいた。そこで今回は男性名のウンチクについて取り上げてみたい(外国の名字・男子名・女子名のウンチクについては過去に掲載したコラムを参照してください)。
実は、ここにも興味深いウンチクが潜んでいる。
まずは男性名の流行の変遷について大まかにつかんでおこう。
図1は明治安田生命保険が調べた男子の名前ランキング1位の変遷である(各年に生まれた男の新生児が対象)。
「誠」が18年首位で過去最長
戦前の代表的な名前は「清」。1915年に人気ランキングで1位に躍り出て以降、1930年代から1940年代まで「清」時代が続く。やがて戦時色が強まるにつれ、「勇」「勝」など勇ましさや勝負運の強さなどを連想させる名前にシフト。特に太平洋戦争の最中は「勝」の人気が高まる。
戦後は1945年の敗戦を境に一転、「博」「茂」のほか「隆」「稔」など経済的な豊かさや繁栄を求める名前が流行。さらに1957年から1978年までのうち通算18年で首位に君臨した「誠」の黄金時代を迎える。1位が通算18年というのは男子名では過去最長記録(ちなみに女子名の過去最長記録は「和子」で戦前、戦後合わせて通算23年)。
「誠」時代は高度成長期にあたる。梶原一騎原作・ながやす巧作画の人気劇画「愛と誠」の連載が少年マガジンで始まったのが1973年。楳図かずおさんのギャグマンガ「まことちゃん」の連載が少年サンデーで始まったのが1976年。いずれも「誠」ブームに乗っていたわけだ。
「大」「太」など骨太な名前に
1979年から1986年までは「大輔」時代。早稲田実業の荒木大輔選手が甲子園で大旋風を起こし、元レッドソックスの松坂大輔選手が生まれたのが1980年。フィギュアスケートの高橋大輔選手、サッカーの松井大輔選手もこの世代に属する。
1988年から1997年までは「翔太」時代(「拓也」「健太」なども含む)。バブル経済が崩壊し、日本が「失われた10年」を迎えた時期とほぼ重なる。さらに「大輝」「大翔」の順に流行。「大輔」以降の男子名は「大」「太」などスケールが大きく、骨太なイメージの名前が目立つようになる。
以上が日本の男子名の流れである。
実際に1年ごとに変遷を追うと、さらに興味深い傾向が浮かび上がってくる。
表1は明治安田生命保険が1912年から2012年まで101年間の男性名人気ランキングの1位の変遷を年ごとに調べたものである。
「1字」から「2字」へシフト
すぐに気が付くのは、名前が「1字」から「2字」へ大きくシフトしていること。「1字」の名前に丸印をつけてみると一目瞭然だ。
年号に由来した「正一」「正二」「正三」「昭二」「昭三」などの例外を除くと、1970年代まで男子名の王道は「清」→「勇」・「勝」→「博」・「茂」→「誠」と圧倒的に「1字」が多かった。
流れが変わったのは1979年に「大輔」が1位に浮上してから。
「達也」「拓也」「健太」なども含めて、流行の王道は「大輔」→「翔太」→「大輝」→「大翔」と「2字」が圧倒的に多くなる(ただ、最近は「蓮」なども流行しており、新たな変化が起きつつある兆しかもしれない)。
「誠」と「大輔」に"大きな溝"
試しに、皆さんの身の回りを見渡してほしい。
大きく年代別に分けると、60歳代は「博」「茂」、40~50歳代は「誠」、30歳代は「大輔」、20歳代は「翔太」という名前がよく目立つのではなかろうか?
そして名前のトレンドという視点からすると、40~50歳代の「誠」世代と30歳代の「大輔」世代との間には「1字」から「2字」へという"大きな溝"があるわけだ。
さらに分析を続けてみよう。
ランキング10位までを過去101年分さかのぼったのが表2である(変遷が見やすいように、各時代の1位などを色づけした)。これまで見てきたプロセスをより詳細に検証できるので面白い。
ざっと表を眺めてみてほしい。様々なトレンドが見えてくるはずだ。
「~雄」「~夫」「~男」や「~郎」が消えた?
まず気が付くのが、「~雄」「~夫」「~男」や「~郎」という男子名の典型だった伝統的な名前が、昭和初期までにランキング10位からほとんど姿を消してしまったこと。
「正雄」「正夫」「義雄」「武雄」「秀雄」「一郎」「三郎」……。大正期にはこうした名前がトップ10の常連だったが、昭和期になると「和夫」が時々、顔を出すくらいまでに減っている。当時の"新しさ"を名付け親が求めたためと考えられる。
「学」は受験ブーム世代
「学」という名前に着目するのも面白い。
9位に躍り出た1965年以降、1980年まではトップ10の常連だった。これは戦後の第2次ベビーブームにあたる団塊ジュニア(1971~74年生まれ)など「受験ブーム」が一気に過熱した世代が生まれた時期とちょうど重なる。だが1981年以降、「学」はトップ10からパッタリと姿を消し、その後の「ゆとり世代」ではあまり見られない名前になってしまう。
名前が世相を反映したようだ。
少し細かいが、時代ごとの新たなトレンドも読み取れる。
年号や干支にも由来
まず年号に由来した名前。
1912年(大正1年)に「正一」、1913年(大正2年)に「正二」、1914年(大正3年)に「正三」、1927年(昭和2年)に「昭二」、1928年(昭和3年)に「昭三」がランキング1位になったのはその代表例。「~雄」「~夫」「~男」という名前の中で「和夫」が昭和期になってもトップ10に顔を出すのは、「昭和」という年号にちなんだ名前だからと考えられる。
1916年に1位になった「辰雄」は干支(えと)が辰(たつ)年だったため。
1943~45年にトップ10入りした「勝利」は、「勝」よりも強く、切実な戦勝祈願からだろう。
浩宮さま、健太郎ブーム……
1960年に首位に「浩」が浮上したのは、浩宮さまが誕生されたのにあやかったためとみられる。60年には「浩一」「浩二」「浩之」なども次々とトップ10入りし、「浩」ブームはその後も続く。
「1字」→「2字」という大きな流れがある中で、独自の存在感を示しているのが「3字」の「健太郎」。1977年にいきなり3位に登場するが、これは1976年から77年にかけて「失恋レストラン」をヒットさせた人気歌手、清水健太郎さんの影響だろう。
「健太郎」は1981年、82年の9位、89年の10位などその後も時々、トップ10に顔を出す。
いちいち紹介しきれないが、これ以外にも様々なトレンドがある。
表をじっくり眺めながら、流行の変遷を自分なりに味わってみるのも一興かもしれない。
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