女性名から「子」が消えたワケ? 明美が分岐点編集委員 小林明

ランキング10位までを過去101年分さかのぼったのが表2である。変遷が見やすいように、各時代の1位を色づけしてみた。これまで見てきたプロセスをより詳細に検証できる。

「明美」のトップ10入りは昭和32年

女性名の“子離れ”の先駆けとなった「明美」の推移に注目してみよう。

「明美」が初めてトップ10入りしたのが昭和32年(1957年)のこと。それまでは「~子」という名前がトップ10を独占し続けていた。やがて「明美」は徐々に順位を上げ、昭和40年(1965年)に首位に上り詰める。

「~子」は昭和60年の「裕子」が最後

さらに、「真由美」「由美」「直美」など「美」が付く名前がそれに前後するようにジワジワと勢力を拡大し、ついに昭和60年(1985年)に10位だった「裕子」を最後に「~子」という名前がトップ10から完全に姿を消す。そんなプロセスをたどったわけだ。

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「明美」時代の申し子は?