カリスマ美容部員は93歳 生涯現役の秘訣
月商50万円 営業所の稼ぎ頭
「いつもお元気そうね。体動かしてる?」
「あなたこそお元気ね。この間ね、静岡にゴルフに行ったわ」
3月下旬の午後。日傘を差し、バッグを片手に横浜市の閑静な住宅街を訪ねた浜田ミヨは邸宅の玄関で加藤ミツと談笑を始めた。一見、ご近所のお付き合いのようだが「年取ってキレイにしなくてどうするのよ」と浜田は明るく笑いながら、日焼け止めやスキンケアについて話し出す。
93歳にして現役
月に1度、加藤を訪ね、ポーラの高級化粧品「B・A」を届ける。浜田はポーラ・オルビスホールディングス傘下にあるポーラの美容部員「ポーラレディ」だ。93歳にして現役。それどころか今も毎月50万円は売り上げ、所属する「ポーラ ザ ビューティ白楽店」の稼ぎ頭でもある。
顧客の加藤は86歳。付き合いはもう50年という仲だ。「浜田さんはとっても明るくてお元気。私も月に1度会うのが楽しみで」
浜田は個人事業主で、所属するポーラの営業所所長と商品の委託販売契約を交わしている。営業所から商品を預かり、販売した商品の売り上げから一定歩合を収入として得る。「だから定年はなく、いくつまででも勤められる」(同社)。今も高卒の新入社員程度の収入を得ているという。
現在、全国に約14万5000人いるポーラレディのうち、90歳以上の現役がおよそ500人も活躍している。
「月100万円以上」を24年間維持
「あなた、ぜひやってみない?」
浜田がこの世界に飛び込んだのは、1964年9月のこと。ポーラの店を訪れたときに、勧誘されたのがきっかけだ。当時、44歳。大手企業に勤める夫の妻として、3人の子どもを育てる主婦だった。
まだ専業主婦が多く、働く女性など少なかった時代。商品を預かったものの、「とても売れない」と一度は返しに行った。だが「こんな風に使ってみせてあげるのよ」と再度、先輩にいわれ、おそるおそる町内会で話してみると、1つ、クリームが売れた。「あら、うれしい」。自分と同じような主婦に向き合い、積極的に話してみると、どんどん売れるではないか。そんな成功体験で、気づけば仕事にのめり込んでいた。
近隣地域に飛び込み営業にも行った。まだ化粧や美容に関する情報が乏しい時代。クリームを使ってマッサージをし、お手入れの方法を教え、まゆの描き方やメークを指導してあげるとお客さんが喜んでくれる。「それがうれしくてね」。いろいろな話しに耳を傾け、顧客の信頼を勝ち得ると、リピーターは面白いように増えた。
「時代もよかったのよ」と浜田。東海道新幹線が開通し、新横浜駅周辺は線路整備のための土地買収で潤った家が多かった。66年、ポーラの基礎化粧品のセットは当時の大卒初任給にも匹敵するほどの高級品だったというが、飛ぶように売れた。
持ち前の明るさと話術で浜田はすぐに月に100万円以上を売り上げるレディ「ミリオンさん」に選ばれた。以降、82歳までの24年間、毎月100万円以上を売り上げ続けた。
今でも軽々とクリア
「月に売り上げ50万円を達成すると独立を視野に入れ始めるレディさんが多い」と話すのは、浜田が所属する白楽店の店長、長井越夫(68)。おいそれとは達成できない高いハードルということだが、浜田は「お金はいっぱい稼いだし、最近は大して仕事してないの」と謙遜しつつ、今なお軽々とクリアしているわけだ。
90代女性が月50万円をどう稼ぎ出すのか。彼女のある日をみてみよう。
朝、起きて1杯の水を飲みながら数種類のサプリメントと朝食をとる。週に2回通う体操教室では先生に代わって声を出しながら、しっかり運動。コーラスにも参加している。
高血圧の薬を飲むくらいで、これといった持病はなし。午後、バスに乗って店に商品を取りに行き、顧客の家に向かう。実働はほんのわずかだ。
現在は二十数人の顧客を持つ。顧客一人ひとりに適したものを用意し、1、2カ月に1回訪れる。皆、もう何十年というお付き合いの人ばかり。「最近はねえ、ぼけちゃったり入院しちゃったりする人も多くて残念なの」と浜田。今でも売り上げ計算や販売した商品の管理などもそろばん片手に自分でする。
そして夜は入浴や肌の手入れで1時間半を費やす。もちろんポーラの化粧品をたっぷり使う。実際、若々しく肌のシミもほんのわずかだが、「シミやしわはあるの。でもやらなくちゃあっという間にシミだらけになっちゃうでしょ」。そして月に1度は2万5000円もかけて美容室でセット。「元気でキレイにしてなくちゃ。健康第一だもの」と笑う。
後輩にノウハウ伝授してほしい
かつては仕事にのめり込み、夫に匹敵するほど稼ぐようになった時期もある。「夫にね、生活費をもらい忘れて平気だった時は、いやみを言われちゃってねえ」。楽しくて仕事をするうちに50年近くがたってしまった。収入に困るわけではないが、今は待っていてくれる顧客のために仕事を続けている。「娘にもいわれるの。ぼけないように仕事は続けなさいって」
浜田のカリスマぶりを40年以上も目の当たりにしてきた長井は、浜田の生活も把握するほどの付き合いだ。「本当は後輩にそのノウハウを見習ってもらいたい」という。ただ、明るくておおらかな彼女の個性に寄る部分が多いうえ、桁外れの実績に「浜田さんは別格だから。私たちとは違う」と後輩が敬遠してしまうところもあるという。
先達のノウハウをなんとかいかせないか。ポーラではすぐれた販売員のノウハウを後輩に伝える教育プログラムも持つ。そのなかで好成績を挙げて独立し、カリスマ店長となったレディらが後輩店長らを指導する営業支店長大学という制度を昨年8月、始めた。
44歳でレディになった浜田はスタートが遅かったこともあり、独立こそしなかったが、最近は新卒でレディになる人も増えている。個人事業主は、いわば皆が一国一城の主でありライバルでもあるが、すご腕の店長は若手の目標になることで後輩への指導を意気に感じているようだという。もちろん、若手にとってはモチベーションを高める機会になる。
体も頭も柔らかく
厚生労働省の簡易生命表などによれば、日本人の平均寿命はこの100年で約40年延び、ざっと2倍になった。100歳以上の高齢者は1963年には153人だったが、2012年9月には5万人を突破した。しかも、「介護保険事業状況報告」によれば、高齢者の8割は「介護の必要なし」。寝たきりの可能性が高い要介護度5に当たる人は高齢者の2%にとどまる。つまり、日本は前例のない元気な高齢社会というわけだ。
半面、その元気さを生かせる場は多くない。現在、高齢者世帯の収入の7割は年金で、稼働所得は17%にとどまる。4月からは希望者に対し65歳までの雇用延長を企業に義務付けるよう高年齢者雇用安定法が改正される。事実上、定年が65歳に引き上げられる格好だが、90歳を超えた浜田らを目のあたりにすれば、ほかにも活躍の場をつくる必要があると感じざるを得ない。
「体も頭も柔らかくして元気でいるのが一番。働くと歩くでしょう。おなかもすくし、人にも会えて良いことづくしよ」。カラカラと笑う浜田は一人暮らしで、介護サービスは一切使っていない。44歳で仕事を始めてほぼ半世紀。生涯現役で社会を支え続けている。=敬称略(生活情報部 清水桂子)
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