書と文学は本当に一体か書家 柿沼康二

書家にとってモチーフ(動機)はあくまでモチーフでしかない。大切なのはモチーフの分析にあらず。モチーフを自分がどう感じ、いかなる表現として発信するかである。

評価は人それぞれでしかない

李白の意図をくむべく努力したり、あがいたりしながら、最後には書家が良い意味で、勝手な李白の詩を歌い始める。唐時代の漢詩を時代考証では全くそぐわない象形文字、金文などの古代文字で書くのも、書家の工作としては「あり」。まずは何より、自分の感性が作品を生み出す上での最も大切なエネルギーとなる。

逆に他者の言葉や詩文をなるべく客観的かつ読みやすく伝えるのであれば、明朝体やゴシック体など定番のフォント(書体セット)が一番。フォントには一切の感情がない。

先日の個展で発表したばかりの私の作品を1点、紹介してみよう。

柿沼康二「白雲千載空悠々」

唐の詩人、崔●(景の右に頁、さいこう)の漢詩「黄鶴楼」の一節「白雲千載空悠々」である。大意は「白雲だけが千年たった今も昔と変わりなく、悠々と大空に浮かんでいる」といったところだろうか。優麗かつ格調高い表現を目指し、製造後30年間寝かした高級墨と最高級の中国画仙紙を使った。

意味合いからすれば「白雲」か「悠々」に重きを置くのが一般的で、わかりやすい。私が作品化する上で見せ場(主役)に選んだのは「千」である。文学上「千載」には意味があるが、「千」自体には特に大きな意味がない。すべては私の美観の問題として、詩文全体を支えるために強調する線=見せ場、主役を「千」の縦画にもっていった。「悠々」というイメージを「悠々」自体の箇所だけでなく、1行目にも醸しだし、全体を調和させたかった。それだけである。

「千」をここまで強調する必要がないと思う人、縦画が利いているとする人。「この詩情には柿沼の使った行草ではなく楷書がふさわしい」「水墨画みたいに、にじんでしまった色が嫌い」「書は黒い墨でなければ絶対にだめ」。評価は人それぞれでしかない。

最初に文字ありき、文学ありき。とはいえ書家はモチーフである文字や言葉のイメージを膨らませていくうち、そして書き連ねていくうち、徐々に意味合いを変化させ、それぞれの作家の美観のうちに、作品としての定着を試みる。私の場合は2週間、てこずる場合は1カ月くらいかけて、一つの作品をつくる。何百枚は当たり前、千枚書いてようやく仕上がることも時にある。

50枚も書き進めると文字の素材が徐々に、音符のように見えてくる。音の強弱、間の取り方、主題と副主題、テーマと装飾など、全体をつかさどるマエストロのようにタクトを振る。いや、筆をとるのでした!

自分が筆になる感覚。自分が求める表現の海で溺れ、戯れ。もはや文字、文学を書いている感覚など、どこか遠くに行ってしまった……。

「俺は文字なんか書いていない!」とまでは言わないにしても、「言葉に酔っぱらい過ぎない」ことは、ここ10年ほど気にかけている。

書という芸術表現には、書かれてある文字や文章の内容自体とか、読める読めないとかよりも深い世界が広がる。大切なのは何かを感じさせる書、生命力を持った書である。

柿沼康二氏(かきぬま・こうじ) 書家。5歳より筆を持ち、父の柿沼翠流、手島右卿、上松一条らに師事する。東京学芸大学教育学部芸術科(書道)卒業。高校の書道教師を辞し26歳で渡米。ニューヨークで個展を成功させ、2006~07年にはプリンストン大学特別研究員としてニュージャージー州プリンストンに滞在した。「書はアートたるか、己はアーティストたるか」の命題に挑戦し続け、伝統書から特大筆によるパフォーマンスまで、多彩なパフォーマンスを展開する。NHK大河ドラマ「風林火山」や北野武監督の映画「アキレスと亀」など題字も手がける。現在は柿沼事務所代表取締役社長兼所属アーティスト。1970年7月16日、栃木県矢板市生まれ。
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