豆腐の仏像・城にリボン… それは宝探しなのか街アート旅アート(1)

2013/3/16

大量の豆腐を積み重ねて等身大の仏像を作る――。一見ナンセンスとも思えるそんなアイデアを形にしてしまう現代美術家の思考力や実践力は計りしれない。3年前に名古屋市を中心に開催された現代アートの芸術祭「あいちトリエンナーレ2010」(2010年8月21日~10月31日)でそのアイデアを作品化したのは、西野達。横浜市の「横浜トリエンナーレ」や新潟市の「水と土の芸術祭」などにも出品している気鋭の美術家だ。名古屋市の長者町商店街に残っていた廃屋の台所で、仏像作品「豆腐仏陀と醤油の後光―極楽浄土―」は、頭から醤油を噴水のように吹き出しながら鎮座していた。

豆腐で作った仏像、内覧会の翌日には崩壊

「あいちトリエンナーレ2010」に出品された西野達の「豆腐仏陀と醤油の後光-極楽浄土-」(2010年、撮影:福岡 栄)。今年は8月10日から10月27日まで、名古屋市などで「あいちトリエンナーレ2013」が開催される

いうまでもなく、豆腐という素材はいわゆる「彫刻」を作るには脆弱すぎる。細かく彫り込むような表現にも向かないから大ざっぱな形にならざるをえない。しかも悲しいかな、苦労して作っても常温で放っておけば数日で傷む。現場では、吹き出している醤油のにおいが強く鼻をついたことを記憶している。

実はこの仏像、同年8月20日にプレス関係者などを対象とした同トリエンナーレの内覧会で披露されたものの翌日には崩壊してしまい、一般公開にはいたらなかったそうだ。数日しかもたないだろうということは現場でもアナウンスされていた。だが、翌日の崩壊を知って、内覧会初日の取材で目にすることができたこと自体が非常に幸運だったと改めて感じた。実際に目にしていなければ、後日こうして熱く語ろうという意欲もわかなかっただろうと思うからだ。

過去にはなかったものがアート作品に

仏像とはいえ寺への設置などは考えにくく、崩壊が自明の理であることから美術品として美術館にそのまま収蔵される可能性もなかった。何かが残るとすれば、こうして語り継がれたり、ドキュメントとして写真や記録が保存、公開されたりといったことに限られる。少なくとも堅牢(けんろう)なイメージを持つ従来の「彫刻」という分野にこの作品を押し込めるわけにはいかないだろう。短命さを考えれば、演劇や演奏会などのパフォーマンスに近い。一般公開にいたらなかったのは想定外だったかもしれない。だが、残らないことが予想できていたにもかかわらず、アイデアを実現する。現代アートの世界というのは、何と冒険的で面白い領域なのだろうと思う。

日本各地で大小様々な芸術祭が開かれるようになった昨今、これまでにはなかった様々なありようの「もの」やパフォーマンスがアート作品として多く登場するようになった。一方、美術館の外も展示エリアに含まれる多くの芸術祭では、意図的に「歩いてもらう」催しも増えている。街そのものの魅力の再発見を狙う芸術祭企画者の意図にもよる。西野の“仏像”作品も「あいちトリエンナーレ」の会場となった商店街に散在する作品の一つだった。街の中に埋め込まれたアートを探し求めて歩くのは、見たことのない豊かさを求めさまよう点で、宝探しにも似ている。足を使う喜びもある。