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アート&レビュー
舞台・演劇

2013/3/2

舞台・演劇

ヴァイオリンを主にしたトリオ演奏が陰鬱(いんうつ)な旋律を響かせる。イヤホンガイドで同時通訳を聴きながらの観劇ゆえセリフのニュアンスをつかみにくいが、肉体のほてりとか眼光の異様さを演劇でしか感じ取れないものとして味わった。ろうそくの臭い、わらを散り敷くときのほこり、そうした感触が弦の音色と溶け合ってまざまざと伝わり、それらが役者の感覚のどこかを刺激して恐ろしい行為を引き起こす、というようにみえてくる。

黒いカーテンの向こう側では人間を組み伏す鈍い音が聞こえたりする。そのおぞましい感触は共産主義の恐怖政治を思い起こさせる。イデオロギーによる粛清という、もうひとつの魔がこの性愛をめぐる舞台の裏側にはりついているかのようだ。そう感じたのは、1992年に東京グローブ座で同じ演出家による「タイタス・アンドロニカス」(シェイクスピア作)をみたことがあったから。人の肉をパイにする苛烈(かれつ)な復讐劇(ふくしゅうげき)はやはり肉の感触に満ちていたが、銃殺された共産党時代の独裁者チャウシェスクによる大量虐殺の現実を嫌でも思い出せたのだった。ルーマニア演劇のただならないリアルさや過激さにはやはり現実の酷薄さが焼きついているだろう。

アメリカ演劇、ロシア演劇、フランス演劇と世界にいろいろあるけれど、ルーマニア演劇に親しんでいる人はほとんどいない。ブルガリアとハンガリーにはさまれ、黒海に面した東欧のこの国は知られざる演劇大国だ。フランスのアヴィニョン演劇祭、英国のエディンバラ演劇祭にも匹敵するといわれるシビウ国際演劇祭が名高い。そのシビウで中核的存在となっているプルカレーテは世界で最も過激な演出家のひとりだろう。現地で観劇した劇場芸術監督の野田秀樹が強い意欲を示し、実現した来日公演。ぎらついた役者たちの異様さはただならない。悪夢へいざなう不穏な刺激は万人向きではないが、忘れがたい観劇体験を得られるだろう。3月3日まで、当日券のみ。

(編集委員 内田洋一)

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