籠城中の制作流儀、教えます書家 柿沼康二

2013/2/26

ダイレクトメッセージ

個展を目前に控えた書家の生態をもう少し、生々しくお伝えしよう。

最高の獲物は自分自身

まずは故郷の栃木県矢板市に「山ごもり」する。「遠い」などと言えば北海道や九州、沖縄、海外に暮らす日本人に笑われる。だが、あらゆる情報を遮断し、静かな闇の中に消えていくことに変わりはない。何とも神聖な気持ちである。

あらゆる情報を遮断し、静かな闇の中に消える

過去20年間、私の代表作の90%は矢板市でつくられてきた。目下、東京電力福島第1原発事故に伴い栃木県内で発生した汚泥など「指定廃棄物」の最終処分場候補地として、環境省が候補に挙げ、問題となっている「あの町」である。

これまで東京は吸収(吸う)=臨書、栃木は発散(吐く)=創作の場と振り分け、バランスを保ってきた。制作を本格化する3日前、かかりつけの整体師を訪れ、何時間も念入りに施術してもらう。東京の下町から矢板の自宅まで2時間弱。都会の喧噪(けんそう)やネオンから徐々に離れ、アートのことだけへと感覚を研ぎ澄ませながら、故郷へ向かう。

自宅へ着くやいなや山沿いの大きなプレハブ建築に移動し、こもる。日常、人間関係、常識などを断ち、ややもすると消えそうになる自分の「火」を見つめ、守り、燃やすための時間が、そこにはある。

臨書から創作へのチェンジには、時間と労力がかかる。仮面ライダーの「変身!」のようにはいかない。こっちからあっちなのか、あっちからこっちの世界なのか。山から麓へか、麓から山へか。ジキルかハイドか。ともかく人間から、獲物を捕らえる動物に化ける。最高の獲物は自分自身だ。「おまえはだれだ?」を知りたくて生き、闘い、創り続ける。

山ごもり直前、移動中、制作態勢に入って以降。それぞれの行動規範を列挙してみる。

◎まずは制作前。

→1日平均5時間を費やすライフワーク、古典臨書を完全に止める

→約3日をかけ、臨書態勢から制作へのマインドチェンジをはかる

→一日中、空書(エアライティング)をし続け、イメージをつくる

→ほとんどソバしか食べない

→下着と水、食料、生活用品、薬などを買い込む

→音楽とラジオはOK。テレビはNG。というかテレビ自体がない。音楽の基本は永ちゃん(矢沢永吉)、マイルス・デイビス、尾崎豊、デビッド・ボウイ、マッシブ・アタックなど。聴きながら坂口安吾、岡本太郎らの著書を読み、テンションを高める

→とらえたい作品の像ごと、さらにテーマ音楽を絞り込む

→約10キロメートルのランニングに出て、テーマ音楽を繰り返し聴きながら、イメージを膨らませる

→大声で歌う。叫ぶ。怒鳴る。なるべく声を出す

→ランニング後、風呂で身を清める。自称「最後の入浴」。冷水と温水を交互に浴びる

→仏壇に手を合わせる

→もう二度と帰れないかもしれないという気持ちで、そっと家を出る(制作への旅立ち)

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