己の今を問い、ねじり出す書家 柿沼康二

冒険、武者修行、肝試し、道場破りにも匹敵する無謀な賭け。海外旅行に行った経験もない人間が何を血迷ったのか、一人、海を渡った。日本語の通じない国に身を置き、日本語をモチーフとする芸術でいったい何ができるのか、体で知りたかったのは確かだが。

母の「やってみな!」、背中押す

「行ったら何とかなる」。こう肩を押してくれた父母の言葉とは裏腹に、何をやってもうまくいかない。だまされ、トラブルに巻き込まれ、ぶれにぶれ、ぐれにぐれた。最後はマンハッタンのど真ん中、42番街のアパートに引きこもった。金も名誉もなく、最初に描いていた夢さえ思い出せなくなり、対人恐怖症と酒浸りの日々が続いた。

1年がたとうとしていた。ホームシックの絶頂にふと母親の口癖、「やってみな!」を思い出した。「だめ」という言葉を持たない女性だった。日本に帰りたいが、ただでは帰れない。芸術家の端くれとして、この街で自分の作品を見てもらおうと思い立った。

あらゆる情報を遮断し、うそ偽りない自分をねじり出す

すべての責任は、オイラが負う。完全なるアウェー戦。会場探し、交渉、計算、PR……。全部が自分1人。よくもまあ、へたくそな英語でやったものだ。生まれて初めての、大きな試練であった。成功とは、とてもとてもいえないが、人生初の個展には違いない。

かつて書家は、一生に1度か2度の個展が普通。50歳前にやるなんて、許されることではなかった。「40、50歳は、はな垂れ小僧」と言われるよう、能力ではなく年功序列によって決められる世界。それが昔も今も大して変わらない、日本の芸道のしきたりである。

「芸術は本来、自分1人でやるものだ」。大学時代の恩師の言葉を肝に銘じる。ほんのちっぽけな足跡だったかもしれないが、自分は芸術家としての記念すべき第一歩を、ニューヨークという異国の地で踏み出した。

崖っぷちに立たされるたび、突きつけられた言葉を思い出す。

「おまえは、だれだ」

あらゆる情報を遮断し、静かな闇の中に身を隠す。

出てきやがれ、本物の自分! うりゃ! うりゃ!

うそ偽りない自分の「今」をねじり出すべく、怒りをこめ、筆をたたき込む。

私のニューヨーク武者修行は小さな足跡をのこし、終わった。帰国後は母が心配するほど、別の人格になった自分がいた。弱さを知り、強くなれた。かけがえのない体験だった。

柿沼康二氏(かきぬま・こうじ) 書家。5歳より筆を持ち、父の柿沼翠流、手島右卿、上松一条らに師事する。東京学芸大学教育学部芸術科(書道)卒業。高校の書道教師を辞し26歳で渡米。ニューヨークで個展を成功させ、2006~07年にはプリンストン大学特別研究員としてニュージャージー州プリンストンに滞在した。「書はアートたるか、己はアーティストたるか」の命題に挑戦し続け、伝統書から特大筆によるパフォーマンスまで、多彩なパフォーマンスを展開する。NHK大河ドラマ「風林火山」や北野武監督の映画「アキレスと亀」など題字も手がける。現在は柿沼事務所代表取締役社長兼所属アーティスト。1970年7月16日、栃木県矢板市生まれ。
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