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リゲティの時代がきた! メジャーへ躍り出た孤高の作曲家

2013/2/16

 「私は音楽を書く。それが人々に何を語りかけるかは、気にしない。ただ、消費され、最後は無に帰すたぐいの作品ではないとの自負はある」

 ユダヤ系ハンガリー人の作曲家、ジェルジュ・リゲティ(1923―2006年)は死の5年前、東京でこう語った。2010年代に入って、リゲティ作品の演奏頻度は急カーブで上昇する。今から100年ほど前、マーラーは「やがて私の時代がくる」と信じて作曲を続けた。リゲティもマーラーやベルク、ストラビンスキー、ショスタコービチ、バルトークらに続いてクラシック音楽の定番(メジャー)入りを果たし、広く聴かれる時代が訪れた。

2001年に「京都賞」を受賞、東京都内のホテルで取材に応じるジェルジュ・リゲティ

 昨年10月18日。東京フィルハーモニー交響楽団がリゲティ作品だけの定期演奏会(東京オペラシティコンサートホール)を「恐る恐る開いた」ところ、満席の盛況に。東京室内歌劇場が2009年に日本初演したオペラ「ル・グラン・マカーブル(大いなる死)」(1974~77年)は世界で上演が相次ぐ。このオペラから秘密政治警察の幹部ゲポポが歌う3つのアリアを抜き出し、コロラトゥーラ・ソプラノと室内オーケストラのために編曲した「マカーブルの秘密」(1988年)も、名曲の仲間入りをし始めた。ドイツのトーマス・ヘルによる「ピアノのためのエチュード(練習曲)」初の完全全曲録音も昨年暮れ、日本国内規格の盤が発売された。

■定期演奏会で全曲リゲティに挑んだ東京フィル

 東京フィルのリゲティ定期はソロ・コンサートマスター、荒井英治の強い希望で実現した。首席客演指揮者のヤーノシュ・コバーチュとは10年ぶりの共演だったため、最初はリゲティ「も」まじえたハンガリー音楽特集を検討した。第1バイオリン奏者を務めるモルゴーア・クァルテットではプログレッシブ・ロックの弦楽四重奏版に挑むなど「芸術は、恐れていてはいけない」がモットーの荒井。大野和士が東京フィル常任指揮者(現在は桂冠指揮者)だった時期には、リゲティの「バイオリン協奏曲」の独奏者にも抜てきされた。荒井は「せっかくやるなら、徹底的にリゲティでいくべきだ」と主張し、コバーチュとも頻繁に連絡をとりながら、オール・リゲティ・プログラムの旗振り役を担った。

ヤーノシュ・コバーチュ指揮東京フィル(ソロ・コンサートマスター=荒井英治)、天羽明恵(ソプラノ)、加納悦子(メゾ・ソプラノ)、東京混声合唱団によるリゲティ作曲「レクイエム」の演奏(2012年10月18日、東京オペラシティコンサートホール)。撮影=三好英輔(提供=東京フィルハーモニー交響楽団)

 最終的には「わかりやすさ」も考慮に入れ、冒頭には民謡研究の延長線上で作曲した初期の管弦楽曲「ルーマニア協奏曲」(1951年)を置いた。あと3曲も、そろってスタンリー・キューブリック監督の名画「2001年宇宙の旅」(1968年)のサウンドトラックで有名になった無伴奏合唱曲「永遠の光」(1966年)、管弦楽曲「アトモスフェール」(1961年)、ソプラノとメゾソプラノの独唱、合唱、管弦楽のための「レクイエム」(1965年)と、壮年期に当たる1960年代の代表作を並べた。意外なことに、コヴァーチュもリゲティを手がけた経験は限られていた。「ハンガリーとルーマニアの微妙な政治関係も、背景にはあったのではないか」と荒井は推測する。来日後のリハーサルは、厳格を極めたという。

 見事な定期演奏会だった。荒井もオーケストラも「未来への投資」と割り切ってリスクをとり、共演した東京混声合唱団のメンバー経由を含め、必死に動員をかけた結果の満席。「リハーサルの充実感もあり、拍手はこないでいいと思っていた。特に現代音楽のマニアでもなさそうなお客様だったのに、あれだけ喜んでいただけるとは、想像もしなかった」と、荒井は達成感を語る。この公演は「音楽の友」誌が音楽評論家、ジャーナリストらを対象に毎年集計する「コンサートベストテン」でも長木誠司、山野雄大の両氏が1位に挙げ、総合でも11位3公演の一角に食い込む成果を残した。より後期の作品による続編もぜひ、期待したい。

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