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ドビュッシーを奏でる女性ピアニストの存在感 生誕151周年に聴く「前奏曲集第1巻」の競演

2013/1/21

昨年はフランスの作曲家、クロード・ドビュッシー(1862―1918年)の生誕150年に当たり、記念の新録音が相次ぎ発売された。最も激戦区だったのはピアノ独奏のための「前奏曲集第1巻」(1909―10年作)。本場フランスはもとより、世界の名手がこぞって新譜を発表したなか、日本の女性ピアニスト3人が大きな存在感を放ったのは収穫だった。

■北斎の職人芸への共感、解き明かす

大崎結真「レ・ドビュッシー」

楽譜を見ながら、じっくり聴き直してみた。いちばん若い大崎結真(1981年生まれ)の「レ・ドビュッシー」(ACCUSTIKA PPCA-618)は「映像第1、2集」とのカップリング。前奏曲では少し慎重な構えながら、ドビュッシーが記したすべての音符、和声をいじらしいくらい正確に美しく、色彩ゆたかに再現していく。

ドビュッシーが大きく影響を受けた江戸末期の画家、葛飾北斎の傑作「神奈川沖浪裏」の大胆な構図がダ・ヴィンチらルネサンス時代の画家のように、「実は分廻し(コンパス)を駆使し、綿密に描き出されたものだ」とする美術評論家・中村英樹氏の学説が最近、改めて注目されている。前奏曲集第1巻の場合、第5番「アナカプリの丘」のイタリア風景、第11番「パックの踊り」のシェイクスピア文学、第12番「ミンストレル」のジャズといった創作の起源はいったん抽象的な音のイメージに変換され、和音とリズムの組み合わせで綿密に構築(コンポジション)される。題名は終止符の下欄でようやく、姿を現す。厳格なコンポジションの果てに人間的感動、鮮烈な光景が、あたかも自然現象のように広がる北斎の「職人芸」に対し、ドビュッシーは本能的に、深く共感したのではないか?

20世紀後半の作曲界で一時はやった図形楽譜の先駆けとも思える、グラフィックな視覚の譜面をながめ、ドビュッシーの革新性に思いをはせ、大崎の演奏を聴く。常とう句のジャポニスム(日本趣味)談議を超え、創作の根源に迫ろうとするとき、大崎のニュートラルなドビュッシー再現は、驚くほど多くの示唆を与えてくれる。

■ベテランの至芸を堪能

永冨和子「ピアノ・リサイタル」

2010年8月に亡くなった永冨和子(1929年生まれ)。東京・銀座の王子ホールで07年10月4日に行った生前最後のリサイタルで、「前奏曲集第1巻」をモーツァルトとともに弾いた。永冨はドビュッシーの楽譜校訂者でもあった。演奏会のプログラムに掲載された音楽評論家・家里和夫氏との対談では1曲ごとの背景、構造をやさしく、丁寧な語りくちで紹介している。昨年暮れに出た実況録音盤(日本ウエストミンスター JXCC-1090)はドビュッシー、モーツァルトの順番を入れ替えて編集し、対談をそのまま再掲した。実演に付き物のミスタッチはあるが、最弱音の美しさとミステリアスな余韻、即興的な流れのどこを挙げても、素晴らしいリサイタルであったことが確信できる。それぞれの前奏曲のイメージを手の内に入れ、克明に音を立ち上げていく献身は、すごみすら感じさせる。

田崎悦子「ドビュッシー&リスト」

すごみという点ではベテランの域に達した国際ピアニスト、田崎悦子(1941年生まれ)の解釈が群を抜いている。シンプルに「ドビュッシー&リスト」(若林工房 WKPR-8006)と題された最新盤にはドビュッシーの「前奏曲集第1巻」とリストの「ソナタ風幻想曲《ダンテを読んで》」を収めた。「ただならぬ気配」を漂わせつつ、深い呼吸と独特のリズム感、滑らかな音運び(レガート)、がっちりした低音の打鍵などファンおなじみの「悦ちゃんワールド」の中へ、ドビュッシーを躊躇(ちゅうちょ)なくたぐりよせる。

大崎のきちょうめんさ、永冨の背景理解のいずれとも異なり、ストーリー性より純粋なピアニズムの角度から、作品の本質へと鋭く迫った。ピアノでしばしば自作を演奏したドビュッシーだけに先輩作曲家で大ピアニスト、リストには畏怖の念を抱いたに違いない。両者の組み合わせには、名手(ビルトーゾ)礼賛が欧州を席巻し、様々なジャンルの芸術家が刺激を与え合った時代へのオマージュもこめられている。

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