震災後の不安を映す 映画回顧2012

映画館のデジタル化は一気に進んだ。シネコンの大半がデジタル化され、フィルムの上映はできなくなった。フィルム最大手の米イーストマン・コダックは1月に米連邦破産法11条の適用を申請。富士フイルムは来春をめどに上映用と撮影用の映画フィルムの生産を終えると発表した。

フィルム撮影の選択肢は残せるのか、旧作を見る機会をどう確保するのか、作品をどう保存するのか。課題は山積している。映画館ではコンサートやスポーツなど映画以外のデジタルコンテンツの上映が一段と増えた。エジソン以来の35ミリフィルムというモノとしての根拠を失い、「映画」の輪郭がぼやけてきた。

「これは映画か」という問いは、「これは文学か」という問いと同質になった。映画が高尚な芸術に昇格したという意味ではない。映画のアイデンティティーの不在が問題なのだ。規格さえあえば後は「何でもあり」という、表現としての懐の深さ、破天荒な活力が減退することを恐れる。

新藤兼人監督と若松孝二監督が世を去った。新藤は1950年代、若松は60年代から独立プロを率い、最期まで旺盛に撮り続けた。昨年の「一枚のハガキ」で映画賞を総なめした新藤、今年「海燕ホテル・ブルー」「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」「千年の愉楽」と立て続けに3作を世に問い、カンヌ国際映画祭とベネチア国際映画祭に招かれた若松。どんな時代にも自分の映画を作り続けた2人の姿勢に「映画」の輪郭が宿る。

デジタル化の最大の果実は、映画という表現手段を安価で開かれたものにしたことだ。自主製作の映画作家が急増し、一般の映画館でどんどん作品を公開するようになった。同じ土俵で傑作を世に問うた新藤、若松という先達の背中を、若い映画作家たちはしっかりと見た。

(編集委員 古賀重樹)

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