震災後の不安を映す 映画回顧2012

アン・ホイ監督「桃さんのしあわせ」(C) Bona Entertainment Co. Ltd.

キアロスタミに限らず、確固としたスタイルをもつ映画作家の新作が数多く見られた。タル・ベーラ監督「ニーチェの馬」、アキ・カウリスマキ監督「ル・アーヴルの靴みがき」、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督「少年と自転車」。「教授とわたし、そして映画」など近作4本が公開されたホン・サンス監督、「アリラン」で復活したキム・ギドク監督の映画的冒険にも驚かされた。

明確なスタイルをもった上で、人生への深い洞察を感じさせたのが、オタール・イオセリアーニ監督「汽車はふたたび故郷へ」とイ・チャンドン監督「ポエトリー」。躍進する中国でぽつんと取り残されたような香港とそこで生きる老家政婦をしみじみと描いたアン・ホイ監督「桃さんのしあわせ」はそんな映画の白眉(はくび)といえる。

アンジェイ・ワイダ監督「菖蒲」(C) Akson studio, Telewizja Polska S.A, Agencja Media Plus

アンジェイ・ワイダ監督「菖蒲」、フランシス・フォード・コッポラ監督「ヴァージニア」は、いずれも巨匠の小品だが、その冒険的な手法は若々しく、同時に、なまめかしい叙情をたたえていた。

サイレント映画へのオマージュをささげたミシェル・アザナヴィシウス監督「アーティスト」とマーティン・スコセッシ監督「ヒューゴの不思議な発明」は、デジタル化によって今また映画が大きな転換期にあることを強く思い起こさせた。

興行は回復した。年間興行収入は1950億円から2000億円に迫る勢い。震災の痛手もあって過去10年で最低の1811億円まで落ち込んだ昨年から、ほぼ平年並みに戻る。

ただヒット作に新味は薄い。けん引役は「BRAVE HEARTS 海猿」(興収73.3億円)、「テルマエ・ロマエ」(同59.8億円)、「踊る大捜査線 THE FINAL」(同59億円)というフジテレビ製作・東宝配給の3作品。12月半ばの段階で、邦洋を通じた興収ベスト3を占めている。洋画は振るわず、50億円超えは「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」のみだ。

武内英樹監督「テルマエ・ロマエ」と細田守監督「おおかみこどもの雨と雪」をのぞけば、興行収入の上位作品はシリーズものばかり。「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」がネット時代のマーケティングで大ヒットしたのが目を引くが、これとて1990年代以来のファンの積み重ねがある。

メディアを総動員して大量宣伝を展開する邦画メジャー作品が着実に当たり、洋画や中規模の邦画が沈むという構図はますます鮮明になった。「有名なもの」「知っているもの」になびく観客の保守化とセグメント化が進み、面白い映画を自ら進んで探す映画ファンは減った。「邦高洋低」の裏には、かつて音楽業界で進んだような、観客の質的変化がある。

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