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歴史博士

「日中誤解」3つの法則 歴史が示す不信解消のヒント

2012/12/13

尖閣問題に端を発した日中間の対立が長期化している。中国船舶の周辺海域への航行は続き、歩み寄りの糸口が見えてこない。ただ両国の応酬はこれまでもなかったわけではない。2005年における国連安保常任理事国入りを巡る反日デモ、10年の中国漁船の衝突――。そのたびに中国側は日本の「軍国主義の復活」を言い募り、日本は中国の「愛国教育」に原因を求めて議論がかみ合わない。日中の研究者らは両国間の歴史的な誤解が対話に水を差していると指摘する。相互不信をエスカレートさせる3つの法則を追った。

法則1・「日中友好」の誤解

日中の大学教授らが討議した日本華人教授会議シンポ(東京都文京区の東大・キャンパスで)

11月に東京・本郷の東大キャンパス内で開かれた「日本華人教授会議第9回シンポジウム」。程永華・中国大使も出席し重苦しいムードの中、教授会議代表の朱建栄・東洋学園大教授は「大局に立った行動を」と声を張り上げ、学術会議など民間交流の継続を訴えた。

一方で日本側パネリストの服部健治・中央大教授は「『日中友好』を趣味でやりこなせた時代は終わり」と言い切る。日中協会の常務理事でもある服部教授の見立てによれば、経済などの自然の交流の成り行きに任せて「日中友好」と唱えているだけでは立ち行かなくなった、というわけだ。

そもそも日本と中国はそんなに仲が良かったのか。両国の交流を「日中友好二千年」と呼ぶことがある。しかし緊張と警戒が解けた時期はそう長くはなかったようだ。

劉傑・早稲田大教授は「江戸時代から今日の約400年間を考えても、平和で対等な状態の中で大規模に交流できたのは1972年の日中国交回復以降の二十数年間」と厳しく分析する。「徳川幕府は鎖国、中国・清王朝も海禁策で交易は限られていた。近代は戦争や不平等条約、国交のない状態が続いた。どのように付き合えば良いのかのノウハウを両国は持っていない」

京都府立大の岡本隆司准教授は「反日の源流は明代・15世紀の『倭寇』まで遡る。中国の愛国=反日というのは近代史の過程ではごく常識的な現象」と説く。

岡本隆司・京都府立大准教授

岡本准教授は「1905年」という年に着目する。日露戦争の結果、中国からの日本留学が増加し清朝政府内で近代的な「国家」という概念が定着した。さらにロシアを始め欧米列強の中国における利権を日本が継承し、愛国主義、民族主義が高揚した。「領土、主権、反日、ボイコットの概念が中国で同時に認識されるようになった」と分析する。

日本が中国の利権に固執し、勢力を拡大しようとすればするほど反発が増幅する構図が始まったという。「歴史的に反日とデモは結びつきやすい」(岡本准教授)。「日中関係は焦らず長い目でとらえる必要がある」としている。

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