「腑に落ちる」まで考えることを学んだ読書とは ニチレイ会長 浦野光人氏

般若心経を語ることも

浦野光人・ニチレイ会長

「実は、山口範雄さん(味の素会長)とは般若心経で一晩、語り合った仲なんです。そして般若心経について一番気に入っている書物を交換したこともありますよ」。浦野氏は『正法眼蔵随聞記』を手にしながら山口氏との交流をにこやかに語り始めた。山口氏は8月の本紙「リーダーの本棚」に登場し、仏教から「一心に打ち込む生き方を学んだ」ことを克明に語っている。リレー対談のような形になった今月の「リーダーの本棚」。浦野氏も仏教について静かに話してくれた。

では、なぜ経営者はそうしたものに心を奪われるのか、聞いてみた。

「よりどころとなるものが欲しいのです。経営者は孤独ですから」。経営トップに上り詰め、それまでの歩みを振り返ってみると、多くの功を立てたから今の立場にいることに気づく。その功は自分だからこそなし遂げることができたと思うか、それとも謙虚に御業(みわざ)だと思うのか。後者の考えが仏教につながる。

浦野光人ニチレイ会長の愛読書

「経営者はその狭間(はざま)で揺れています」。経営者と話していると「おおっぴらに言う人は少ないが、『私もそうです』と話してくださる人もいる」という。

浦野氏も最初から御業の域に至ったわけではない。大学1年の春に『学生に与う』(河合栄治郎著)と出合い、人生と向き合うためにかなり読んだが、「当時は自分のものになっておらず、河合先生のその先には進めなかった」と述懐する。というのも功は自分がなし遂げたものだと思って疑わなかったからだった。だが、父親の死で実家が曹洞宗であることを初めて知り、『正法眼蔵随聞記』を読み、生き方が変わる。

会社の使命を知る

学生に与う』では学生の使命は過去の価値を吸収して新しい価値を生み出すこととある。では、会社の使命は何なのか。それは「世の中の役に立つこと」に他ならない。そこにたまたま自分がいて、御業に導かれただけ。会社の使命を知り、「普遍」が現れて腑(ふ)に落ちた。

「腑に落ちないと身についたとはいえない」が浦野氏の持論でもある。そこまで行かずに行動に移すとどこかで崩れてしまう。自信がなくなり、結果的に失敗をする。「たぶんこうなるだろう。これでいけるだろう」では、悲惨な結果を招くだけだ。浦野氏自身も倉庫の改革で現場が大混乱を起こしてしまったことがあった。検証が中途半端だったのが理由だ。真理のところまで達していなかったことになる。

腑に落ちるまで考え抜く

よく創業経営者が突飛(とっぴ)で大胆な行動に出ることがある。周りはそれを「第六感」「出たとこ勝負」と言うが、本人にしてみれば腑に落ちるまで考え抜いたアイデアなのだ。そうした創業経営者に「もう少しわかりやすく」と聞いたところで、一般の人には理解できないことがある。そこにはロジックが消えてしまっているが、それでもひるまず、突き進んですばらしい結果をもたらすことが多い。

仏教など古典を読むことは「頭が痛くなるほど考えること」と浦野氏は語る。そこまでくると世の中のいろいろなことがとても小さなものに感じる。「色即是空、空即是色」の世界だ。企業社会ではいろいろな利害関係により気持ちが揺らぐことがあるが、志がしっかりしていれば使命に立ち戻れるという。

(編集委員 田中陽)