静岡勤務の間に、茶のおいしい入れ方くらいは覚えておきたい。そんな気持ちで「日本茶アドバイザー」の資格を目指した記者を待ち受けていたのは、製茶の“実技”を含む濃厚なカリキュラムだった。さらに修了後には実力テストを兼ねた茶どころならではの試合に臨むことに……。
湯温と浸出時間によって味も千変万化。日本茶の難しさでもあり、楽しさでもある■さすが茶どころの人気資格
記者(27)が静岡支局に赴任してもうすぐ2年半になる。取材先を訪ねるとコーヒーではなく緑茶が出てくることにも驚かなくなり、珍しい品種や高品質の茶葉に出会うたびそれにふさわしい茶器がほしいと、気づけば自宅の急須だけで6個になっていた。
好きな茶葉を、好きな茶器で入れ、その都度微妙に異なる風味を楽しむという一連の流れが好きになった。
そんなときたまたま目についたのが、特定非営利活動法人(NPO法人)日本茶インストラクター協会(東京・港)が静岡で開くお茶の専門家養成講座の案内。
地域向けのお知らせ記事をつくるついでに「まだ定員に余裕はありますか」と尋ねると「ありますよ」の返事。すぐ申込書を送った。7科目5日間、受講料は教材つきで約6万8000円。お稽古事にしては奮発した。
日本茶インストラクター協会は日本茶をおいしく飲むための“プロ”を育成している。講座では歴史や栽培・製造方法、鑑定方法などを学び、茶種に合った入れ方を覚え、試験を通ると指導者に認定される。
初級指導者は「日本茶アドバイザー」と呼ばれ、より専門的な知識や技術を持つ中級指導者は「日本茶インストラクター」という。今年の7月時点でアドバイザーは約7600人、インストラクターは約3200人。
都道府県別では静岡県が最も多く、アドバイザーは1500人を超える。講座は通信教育が基本だが、記者は挫折防止のため通学式のコースを選んだ。
日本茶の資格を取るカリキュラムには実習もある(荒茶をふるいにかけて大きさをそろえる)アドバイザーの養成スクールは東京や京都など茶の大消費地や生産地に置かれている。記者が通った静岡校には10人の講師がいた。茶農家や製茶問屋、食品会社の品質管理部門で働く人など、みな普段は別の仕事をしているそうだ。やや意外だったが、約30人の受講生の多くは茶業と関係のない仕事をしていた。
聞くとアドバイザーの約75%、インストラクターの半数弱は非茶業関係者という。みんな素人ということで安堵し、励まし合って授業に臨んだ。
初級指導者の養成講座とはいえ、習うことは多い。茶は煎茶や玉露など作りたい茶種によって栽培方法や製造方法も異なる。さらに茶葉の浸出方法、いわば「お茶の入れ方」により、うまみ成分や渋み成分の出方も変わってくる。
■座学から実践までみっちり
茶カテキンそのものはとてつもなく苦いものだということを各自の舌で確かめる茶が太平洋戦争まで貴重な輸出産品だったという歴史や、品質表示などの関連法規、国内外の茶業の現状、健康への影響に関する最新情報なども必修。1日6時間の授業が終わるとぐったりだ。
座学以上に印象深かったのは実技だ。その一つは静岡茶市場(静岡市)で行われた茶の品質審査と鑑定実習。
普通煎茶やてん茶、蒸し製玉緑茶といった様々な茶種を外観だけで見分けたり、同じ茶種でも色や味の違いから等級を判断したりする。
特に茶に熱湯を注ぎ、浸出液の色や香り、味について五感をフル活用して審査する「内質審査」は難しい。講師から何度も説明を受けたが、今でもきちんと判別できるか正直自信はない。
もう一つは茶の手もみ体験だ。煎茶の特徴である針のような外観は、蒸した生葉を丹念に撚(よ)って、少しずつ水分を飛ばしながら作り上げる。現在は機械製造が主流だが、手作業でその工程をなぞるという内容だ。
とにかく根気のいる作業だった。もみやすいよう蒸した葉を、人肌ほどに温めた台に広げ、両手で少量ずつ擦り合わせて水分を飛ばす。
力を入れすぎるとたくさんの葉が団子状になり、弱すぎれば撚れない。手はべたつくし、青臭い匂いも付く。「お茶の葉なのに」と思われるかもしれないが、摘んだばかりの葉はやっぱり木の葉っぱでしかなく、青臭いばかり。手際よくもんでいく講師に大部分の作業を任せてしまったが、それでも荒茶ができるまで4時間ほどかかった。
荒茶とは生葉の保存性を高めるため半加工したもので、水分量は5%程度だ。この水分量を1%ほどに落とせば、商品として売られる「仕上げ茶」になる。
■手間暇かけただけ増す「うまみ」
ところでなぜ、撚って細くしなければならないのか。それは日本茶がうまみを求める飲み物だという点に起因する。
深いうまみとほどよい渋みのバランスを求める日本茶は、チャの木の先端と若葉2枚「一芯二葉(いっしんによう)」で摘む。
うまみ成分は芯に多いが、色素やその他の成分がある葉も無視できない。均一に水分を飛ばすためには、葉を芯と同じ太さにする、つまり芯に寄せる必要がある。
手もみ茶を作る(蒸した青い葉を手で少しずつもんでいく工程)一方、香りに重き置く紅茶やウーロン茶は発酵過程がある。もんで撚りをかけるものの、できあがった形は丸っこい。求めるものによって製法が全くことなるというのは嗜好品ならではだ。
できあがった荒茶から、粉っぽい部分やごみ、白く硬い茎などを除いてさらに加熱し水分を飛ばす。
茶業界でこの工程を手掛けるのは「茶商」とも呼ばれる製茶問屋だ。講座では1種類の茶葉で仕上げ茶を作ったが、製茶問屋は色や香り、うまみを調えるため、数種類の茶葉をブレンドする「合組(ごうぐみ)」もしている。
■入れ方のポイントは4つ
完成した手もみ茶。これで茶を入れると浸出液は金色に近くなり、さわやかな風味がする試飲ではそれまでの苦労が思い出され、急須を握る手が震えた。さわやかな香りや何とも言えないうまみに感激し、同時に市販される茶の「価格」を強烈に意識した。
その年の初めに収穫され高値で取引される一番茶でも、ここ数年は値下がりし続けている。葉っぱが茶になるのに、あれだけの手間がかかっているというのに……。
需要が落ちたといえばそれまで。だが、作る手順は変わらない。ある取材先から「産業は規模が縮小すると工芸に、もっと縮小すると芸術になる」と教えられた。ハッとするほどおいしい茶を味わいながら、茶業はいつまで「産業」でいられるだろうと案じた。
毎回の授業では、茶種別に入れ方も学ぶ。が、1度では到底覚えられないので、自宅で教材として渡された茶器を使い「自主トレーニング」を繰り返した。
茶の入れ方のコツは4点ある。茶葉の量、湯温、湯量、浸出時間だ。
例えば日本茶の基本茶種「普通煎茶」を3人分入れる場合は、100cc程度の茶わんを3つ用意し、8分目まで湯を注いで湯冷ましに移し、少し冷ましておく。茶葉は1人分につき2~3グラムが目安。立ち上る湯気が見えづらくなる60~70℃程度まで湯を冷ましたら急須に注ぎ、1~2分蒸らす。濃さが均等になるよう少量ずつ注いで完了。注ぎきったら急須のへりをたたいて網から茶葉を離す。蓋を少し開け、蒸れた匂いがこもらないようにすると2煎目もおいしく飲める。
とはいうものの、毎回温度計や計量カップを使うのも非現実的なので、筆者はスプーンに盛る茶葉の量を変えたり、湯冷ましを使わず茶わんに入れたままで湯温を変えたりしながら、何度も入れて感覚を磨いた。
ちなみにテレビで一躍注目を浴びた「深蒸し煎茶」の場合は、湯温80℃、浸出時間30秒程度でも十分おいしい。
■練習のし過ぎで寝不足も
深蒸し煎茶は普通煎茶と比べ生葉を蒸す時間が2~3倍長く、湯を注いだときに成分が溶出しやすい。もとから深蒸し茶は大消費地の東京で普及しているが、それは手軽さも関係しているのだろう。
葉を何時間も撚って細くするところに日本茶ならではのうまみの秘密があるいくつか覚えた「技」もある。急須に湯を注ぐ時は「かけ回し」をして茶葉にムラなく湯をかける。また待っている間に急須をぐるぐる揺すると、繊維がはがれて舌触りが悪くなってしまうので要注意だ。
一方、注ぐときは急須を動かす技がある。「手返し」といって、手首のスナップを利かせ、急須をうなずかせるようにしながら注ぐと適度に苦渋味が出る。ひたすらまろやかで、うまみだけが溶け出した一杯を求めるなら、手返しせず、しずしずと注げばよい。
ちょっとした所作の違いでがらりと風味が変わることに、発見と楽しさがあった。茶にはカフェインが含まれているため、練習のしすぎで寝付きが悪くなる日もあった。そんな時は翌朝に高温で茶を入れ、カフェインを大量に溶出させ眠気を覚ました。
■静岡校ならではの卒業演習、勝ち抜き戦
「お茶のおいしい入れ方勝ち抜き戦」で思いもかけぬ決勝進出最終日の筆記試験は○×形式で50問。正答率6割未満なら追試だそうだ。なかなかマニアックな問題もあり、試験後の自己採点で数問の間違いを見つけて気がめいった。その数日後、合格を意味する修了証が届き、追試回避にホッとした。
筆記試験終了後は、静岡校恒例のイベントがあった。その名も「お茶のおいしい入れ方勝ち抜き戦」。30人強の受講生を5、6人ずつ6班に分け、湯量200ccと定めた以外は好きな方法で普通煎茶を入れる。自分以外でおいしいと感じた茶に投票し、得点の上位2人が勝ち残り、次のラウンドに進む。
記者は1回戦で早くもつまずいた。普段から濃くて渋い茶が好きだったので本番でも同じように入れたら、全く評価されなかった。班についていた講師に「手つきを見ながら、もう手返ししないでと心の中で思った」と評され、敗者復活戦の前に戦略を根本的に改めた。
湯はよく冷まし、茶葉は入れすぎない。極力静かに注ぐ。うまみ成分のテアニンが強調され、苦味のカテキンがあまり溶け出さないという風味を目指した。これで敗者復活戦に臨んだら勝ち抜いてしまった。驚いたことに2回戦も勝ち、決勝に進んだ。
■呈茶で試されるもてなしの心
決勝には6人が残り、全員で試飲し投票した。記者は6位だった。まろやかで優しい味に仕上がったつもりで、個人的には悔いのない出来だった。
優勝者の一杯も丸みのある優しい風味で、自分の入れた茶とは確かに違うが似ている部分も多かった。それでいて差が開いたところに嗜好品の本質があるのだろう。
静岡校の「校長先生」である山梨宏之さんの締めの言葉が胸に残っている。
「お茶は嗜好品だから、相手のことをおもんぱかって入れるものです」
手前の皿ほど加工が進んだ葉。水分が減り色は濃く形は細くなる色々な空間に色々な人がいて、それぞれ好みが違う。そんな環境でどれだけ相手に合わせ、気の利いたことができるか。呈茶という行為の底流に、何か普遍的な意味を感じた。コミュニケーションツールという点では、同じ茶でもペットボトル茶より急須で入れる茶のほうが向いているのかもしれない。
友人、知人に「日本茶アドバイザーの試験に受かった」と話したら、もれなく「お茶入れてよ」と返ってくる。せっかくだから喜ばれたり、おかわりを求められたりする一杯を提供したい。気楽にできたらなおいい。使命感を抱くほどでもないが、そうしたささやかなやりとりが、日本茶文化の継承そのものであるように思う。
(静岡支局 古屋智子)
日本茶アドバイザー 例題の解答
1.×(2010年世界緑茶協会統計によると紅茶が60%、緑茶が31%、ウーロン茶が9%)
2.○(苦味成分のカテキン類は、80℃以上で溶出しやすい)
3.○(静岡県出身の民間育種家である杉山彦三郎が、やぶの北側から選抜した優良品種)
4.×(粉末茶と呼ぶ。抹茶は「てん茶」を茶臼で微粉末にしたもの)
5.○(その効果が明らかにされたのは1980年代。現在も多くの研究が行われている)
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