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小澤征爾が惚れ込んだ指揮者「ヤマカズ21」 パワー全開の夏山田和樹、33歳の全貌

2012/9/20

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3年前まで無名だった指揮者の山田和樹(33)が2012年の夏、たて続けに大舞台を成功へ導き、ついに全貌を現した。今年が生誕100年に当たる20世紀の大指揮者、山田一雄(1991年没)は「ヤマカズ」のあだ名で親しまれた。次の世紀に活躍の場を得た山田和樹は、すでに「ヤマカズ21」と呼ばれ、未来のマエストロ(巨匠)の座に王手をかけつつある。

小澤征爾の代役、見事にこなす

「21」の夏は多忙だった。8月はサイトウ・キネン・フェスティバル松本(長野県)で療養中の小澤征爾総監督に代わりオネゲル作曲の劇的オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」、サントリー芸術財団サマーフェスティバル25周年記念特別公演ではクセナキスのオペラ「オレスティア」と、20世紀の巨大な音楽劇2作品を鮮やかに描き分けた。

いつも頭の中に、確かな設計図がある

9月1日付では日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者、仙台フィルハーモニー管弦楽団ミュージック・パートナー、ジュネーブのスイス・ロマンド管弦楽団首席客演指揮者の3ポストへ同時に就いた。

若手指揮者の多くは日本の音楽大学を出た後、欧米に留学してブレークの機会を狙う。山田は2001年に東京芸術大学音楽学部指揮科を卒業して以降も、国内にとどまった。在学中に合奏団(現在の横浜シンフォニエッタ)を立ち上げ、弱冠22歳の音楽監督としてべートーベンの交響曲全9曲を指揮した。自らマネジメントもこなし、全国80以上のアマチュア・オーケストラと共演した。

05年には大先輩の岩城宏之から「合唱とオーケストラの両方をできる指揮者は少ない。オーケストラを振るのにも役立つから、やりなさい」と誘われ、東京混声合唱団(東混)でコンダクター・イン・レジデンスの職を得た。「ブレス(息継ぎ)ひとつの重要性を学び、今に通じる基礎をたたきこまれた」と、山田は東混での経験の大切さを強調する。

「ブザンソン」優勝で飛躍

転機は09年に訪れた。フランスで開かれた第51回ブザンソン国際指揮者コンクールに、日本から直接参加して優勝した。1959年の小澤征爾以来8人目の日本人優勝者で、小澤のちょうど半世紀後という節目にも当たった。

コンクールでの演奏を聴いた小澤は山田の潜在力を見抜いた。自身のマネジャーにつなぎ、山田の欧州でのキャリアが始まった。3カ月後には翌年のサイトウ・キネン・フェスティバルのオーケストラ公演へ招くことを決め、その成功が「ジャンヌ・ダルク」の代役指揮に発展した。小澤と同じ桐朋学園で指揮を学び、サイトウ・キネンに招かれたブザンソン優勝者は以前もいた。だが自身のレッスンを一度も受けず、桐朋とも無縁の山田に対し、動物的とも言える嗅覚で知られる小澤が寄せる期待の大きさは、別格としか思えない。

「もし小澤さんの弟子だったら、巣立てなかったかもしれない」。偉大なるマエストロの小澤と白紙の状態で出会えたことを、山田は「幸運」と受け止め感謝している。

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