国境越えてみつけた“真理” バレリーナ・加治屋百合子さん(下)

世界五大バレエ団のなかで、日本人として唯一主役を張るバレリーナ、加治屋百合子さん(アメリカン・バレエ・シアター=ABT=所属)。リハーサルと公演に明け暮れる日々に体は痛み、中国の舞踊学校時代から、心は“アウェー”の戦いのストレスにさらされてきた。過酷な日々を経てたどりついた境地とは。

順風満帆のバレエ人生のようにみえるが…(Yuriko Kajiya in Don Quixote/Photo:Gene Schiannone)

一歩進むために一歩下がる

今年9月、うれしい便りがあった。「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」として国に認められ、感謝状が届いた。

日本の国際的なイメージ向上のため国家戦略室が始めたプロジェクトで、世界各地で活躍する代表的な日本人の一人に選ばれた。

「これからも日本人として誇りを持ち、取り組んでいこうという励みになりました」

張り詰めた日々に、心休まる瞬間をもたらしてくれたニュースとなった。

バレエダンサーの一年は過酷だ。専用劇場を持たないABTは5月から7月中旬までの2カ月間、ニューヨーク・リンカーンセンターにあるメトロポリタン劇場で公演を続ける。この間オフはなし。朝10時半から夜10時半まで、リハーサルと公演の日々が続く。

舞台は「一瞬」にすぎない。しかし、舞台に上がるまでの時間があり、緊張との闘いがある。舞台から降りても、高ぶった神経はすぐには静まらない。体力はもちろんだが、精神的な消耗が激しい。

舞台本番でのパフォーマンスはもちろん大切で特別なものだけれど、それと同じくらい、1つの動作をマスターするのにかけるリハーサルの一瞬、一瞬が特別なのだと話す。

「一日で覚えられるときもあれば、何カ月もかかるときもあります。マスターできてからも、もっと優雅にできないかと練習するのです」

バレエダンサーで故障を持たない人はいないといわれる。加治屋さんも骨盤と腰に爆弾を抱え、悪化したら即手術、といわれている。「自分の体にスマートでないといけないよ」と、ABTのセラピストから言われている。

学生のときはがむしゃらに踊るばかりだったが、プロとしての経験を積んだ今は「立ち止まること」の大切さがよくわかる。

「けがのないときはけがをしないように、けがをしているときはそれが長引かないように、悪化しないようにしなければなりません。プロのダンサーとして踊っていられる時間は短いものです。その短いバレエ人生を少しでも長くするには痛みがあるときは無理をせず、焦らないようにしないといけません。一歩進むために一歩下がるべきときもあるんですね」

けがをしているときはその部分の負担にならないように踊り方を変えたり、そこをカバーするための筋力トレーニングをしたりしている。

それが自分の体にスマートであることなのだが、実際「一歩下がる」ことができるかどうかとなると、これがなかなか。「いつも全速力で進んでいると、それが一番難しいのです」

一瞬のチャンスを逃さぬために

公演で誰かが休んだときに「明日、この役を踊ってほしい」と言われることもある。昨年踊った「眠りの森の美女」の「リラの精」は準主役級の大役で、けがをしたダンサーの代役として回ってきたものだった。ピンチヒッターを頼まれた翌日に振り付けを教わり、次の日にはもう本番の舞台に立っていた。

踊る機会はいつ巡ってくるかわからない。そして、代役は誰にでも回ってくるわけではない。短時間で踊りを自分のものにし、緊急事態に対応してみせることで信頼が高まり、次の大きなチャンスにつながるかもしれない。チャンスを生かすには休まず練習し、備えを怠らないことだ。

注目記事
次のページ
ABT独自の人材登用
今こそ始める学び特集