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国民栄誉「賞」は栄誉「章」になる案もあった 違いは何?

2012/8/28

日本人選手が史上最多38個のメダルを獲得したロンドン五輪の閉幕からはや2週間。メダリストらによる凱旋パレードの熱狂ぶりの一方で、メダリストに国民栄誉賞を授与する話は聞こえてきません。国民栄誉賞といえば、昨年のサッカー女子ワールドカップ(W杯)で優勝した「なでしこジャパン」が記憶に新しいですが、いったいどんな功績なら受賞できるのでしょうか。賞の歴史をひもといていくと……。

■初代受賞者は王貞治選手

菅首相から国民栄誉賞の盾を授与される、サッカーの女子ワールドカップで優勝した「なでしこジャパン」の沢穂希選手(2011年8月18日、首相官邸)

国民栄誉賞の歴史は1977年、福田赳夫内閣まで遡ります。初代受賞者はプロ野球の王貞治選手。9月3日に756号本塁打の世界新記録を樹立しました。当時の新聞を見ると、スポーツ面では連日の王特集。756号を今か今かと待ちわびる国民の期待がどれほど大きかったかがうかがえます。

翌4日の日本経済新聞は「そんな大衆の気持ちを敏感に受けとめるのが、大衆社会のすぐれた政治というものだろうか。福田首相は、数日前から『快挙に心から敬意を表します』という異例のメッセージを用意し、政府は、『前人未踏の業績を挙げた人』として、王選手に『国民栄誉賞』第一号を贈る」と報じ、5日には早くも首相官邸で表彰式が行われました。

■「賞」と「章」では制度上、大きな違い

政府は当初、従来の枠組みでの顕彰を検討しました。ところが例えば叙勲なら70歳以上が原則で、当時37歳だった王選手は該当しません。首相から五輪金メダリストに銀杯が贈られる例もありましたが、当時の五輪はアマチュアのための大会でしたから、「野球を職業とするプロスポーツ選手とは同列に考えにくい」との抵抗もあったそうです。国民の期待に応えるべく王選手を表彰するには、新たな制度がどうしても必要でした。

福田首相が総理府総務長官に構想の検討を伝えたのが77年1月5日のこと。1月6日付日経新聞、1月21日付読売新聞夕刊などでは「国民栄誉章(仮称)」といった表記が見られ、栄誉「章」とする名称案もあったもようです。とはいえ「章」の字を使って勲章や褒章の一種として扱うには、現行制度を大幅に手直しするための関係法規の改正が大きな難問として立ちはだかりました。同年8月30日、「章」の字を使わず栄誉「賞」として、法律ではなく内閣総理大臣決定という形で「国民栄誉賞表彰規程」が制定されたのにはこうした事情がありました。

■2011年に唯一の改正「者→もの」、その事情とは

制定から35年が経過した表彰規程は、ただ一度だけ改正されています。「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった者」とあった表彰対象を、「――もの」と改めています。漢字を平仮名に直しただけではありません。行政用語上は大きな違いがあります。一般に「者」は自然人(個人)か法人を指すのに対し、「もの」は個人や法人だけでなく団体をも含む概念。改正されたのが昨夏であることからも分かるように、サッカーチームとあって個人でなければ法人でもなかった「なでしこ」を表彰するためでした。

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