パルコ劇場「三谷文楽 其礼成心中」名もなき民の悲嘆に光

現代演劇の才人、三谷幸喜と伝統芸能の出合い、その結果は……上々吉と出た。人形浄瑠璃といえば近松、近松といえば心中もの、その裏側を描くこの「三谷文楽」は現代の言葉で元禄の昔を探検する。初心者にはわかりやすい文楽入門となるし、最高に厳しい見巧者であっても「それなり」に楽しめる軽快なコメディーだ。

江戸時代のはじめ、近松門左衛門が「曽根崎心中」で大ヒットを飛ばしたあと、上方で心中が流行したのは有名な話。その史実にのっとるパロディーの主人公に、天神の森のはずれの饅頭(まんじゅう)屋をあてたのが、作者らしい。年齢のいった商家の主人となると、人形浄瑠璃ではたいがい受け身の脇役だが、この舞台では近松のしかける心中ブームに振り回されながらも懸命に生き抜く庶民の代表となる。

その主人公、半兵衛の冒頭の現れ方がシチュエーション・コメディーの定番ともいえるおかしさ。床本だけでなく、演出もてがける三谷は喜劇のキャリアを細部に生かしていく。「此(こ)の世の名残夜も名残……」の詞章、陰影に富む三味線に導かれて「曽根崎心中」の例の名場面となり、刃がひらめくそのとき「ちょい待ち!」と暗がりから止めに入る男が半兵衛だ。むろん、そこまでは「曽根崎心中」のいわばコピーで進行するから、観客からすれば名作のクライマックスのさわりも楽しめる趣向。

半兵衛が言うには、心中の名所となってから縁起が悪いと饅頭の売れ行きがさっぱり、夜な夜なパトロールをして、心中を警戒していたのだった。未遂に終わった男女を連れて店に帰ると女房のおかつが「パトロールはどないでしたか」と迎えるのがまたおかしい。義太夫、三味線による古風な音感の世界に「逆ギレか」といった現代語やカタカナ言葉がふいに飛び出すとパロディーの笑い、難しくいえば物語を突き放す「異化効果」が生まれる。近松ゆずりの詞章を引用する三谷の床本は伝統と現代を器用に行き来するのだ。