札幌ラーメン“開拓者”たちの1杯にうなる出張グルメの達人・札幌編(2)

札幌では戦後まもなくできた屋台を源流とする店をはじめ、ラーメンの老舗がいまもなお地元の人たちに支持され、のれんを守っている。数十年の歴史を受け継ぐ1杯は、時間という独自のスパイスがうまみを倍加させる。

昭和の郷愁漂う正統派

1947年(昭和22年)に札幌市内の狸小路2丁目に屋台を出し、2年後の49年に二条市場の一角に店を構えた「だるま軒」は、カニやメロンを売る店に囲まれながら、現在も同じ場所で変わらぬラーメンを提供し続けている。

小さな入り口なのに奥に入るとカウンターが横に広がるL字形の店内だ。「店の扉はちょうど畳を横にした1畳分の幅なんです。金がたまったら1畳、また1畳と土地を買って広げた。最後は『そんなにここで店をやりたいなら』と地主さんが一気に奥の分をまとめて譲ってくれた。だからL字形なんですよ」。そう話すのは3代目の大森和代さんだ。

かつて使っていたというのれんを壁に飾り、昭和のラーメン店らしい素朴な雰囲気がいい。正油(しょうゆ)ラーメン600円を頼むと、昔から「安くて量が多くて」をモットーにしてきた店らしい盛り具合。今も開店当時の製麺機で打っているという自家製麺は1杯あたり170グラムと、通常の店より2箸分は余計に入っている。

開店当初から「だるま軒の麺はうまい」との評判を聞きつけ、道内の北見や帯広などから麺だけを買いに来る同業者が後を絶たなかった。このため製麺部門を切り離し、独立したのが現在の札幌ラーメンを支える製麺会社、西山製麺なのだ。

「昭和40年ごろのピークには女性ばかり20人ほどのお姉さんたちが住み込みで働き、1日1500~2000杯出た日もあった。彼女たちに仕事が終わったらお茶やお花を習わせて、嫁入り道具をそろえて送り出すのが、初代の大森秀子の気概だったんです」

具材の調達先閉店のピンチ乗り越え

和代さんの昔語りを聞きながら、丼に向かった。チャーシュー、メンマ、のり、刻みネギに、ちょっと変わった具が混じっている。黄色いのの字の形をした、だて巻きだ。薄く切ったのが、スープに浸ってやわらかな味になっている。

昔使っていたのれんが歴史を感じさせるだるま軒の店内

鶏ガラと豚骨、玉ねぎでとった澄んだスープとともに麺をすすると、実にあっさりした正統派のしょうゆラーメンだった。決してとんがったところのない、穏やかなうまみが口の中に広がる。

安く提供するため、高額な食材を使わず、味を守るため仕入れの店を変えないという鉄則を守る同店が、大ピンチを迎えたのは10年ほど前。だて巻きの調達先が店をたたむことになった。調達先の閉店まで残り半月。推薦してもらった店を回ったが、味が違う。つてをたどってようやく見つけたのが、先ほどのだて巻きなのだという。

初めて訪れても、懐かしさを満喫できる店は「作り手のだるま軒と、オール食材業者さんの全員で作り上げている味なんですよ」。なるほど、納得。