2012/7/14

耳寄りな話題

ファッションを地産地消する街

1906年ごろ、神戸の洋服店で作られた近代洋服を着る人たち(兵庫県洋服商工業協同組合提供)

開国を経て明治時代に入っても、関西はファッションのリーダー役となる。実はスーツなど近代洋服の日本の発祥地は神戸。1869年(明治2年)に英国人が洋服店を開業したのが始まりだ。外国人の下で技術を習得した日本人が目新しかった洋服を関西に広め「関西ではビジネス用やおしゃれ着として洋服を着るようになった」(兵庫県洋服商工業協同組合の井場幸男理事長)。

大阪ファッションの文化が現代まで脈々と受け継がれたのは、独特の商流があったからだ。元イトキン常務でファッション関連コンサルタントの窪添道朗氏は「大阪にはファッションを地産地消する土台があった」と分析する。

繊維業が栄えた大阪には、紡績メーカーやアパレルメーカー、卸、専門学校、小売りと、川上から川下までファッション業界に携わる企業や組織がそろう。そのため以前から好かれていた明るい服や装飾品が、途切れることなく消費者に提供されていった。

そうした土台のない東京は、流行の移り変わりが激しい。70~80年代に黒や白を基調とする「コムデギャルソン」などが注目され、シックな服装が一世を風靡した。これで東阪の違いが際立ち、大阪の派手なイメージがより強まったというわけだ。

ただ最近はその違いが少しずつなくなってきているという。大型商業施設の開店や改装に伴って東京のブランド店が進出してきたことなどが背景にある。それでも、大阪の若者の服装にヒントを得るデザイナーが登場するなど、昇華される動きもある。大阪の「派手文化」は今も人を引きつけている。

(大阪経済部 志賀優一)

[日本経済新聞大阪夕刊いまドキ関西2012年7月11日付]

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