若松孝二、41年ぶりの帰還
カンヌ映画祭リポート2012(5)
若松孝二がカンヌに戻ってきた。1971年の監督週間で「犯された白衣」「性賊/セックスジャック」が上映されて以来、実に41年ぶりだ。大島渚「儀式」などと共に上映され、映画祭が終わるとその足で、脚本の足立正生と共にパリからパレスチナに初めて渡った。そんな時代である。
「楯の会も連合赤軍も同じ」
「あの時はジョン・レノンも見に来たね。オノ・ヨーコに連れられて」。25日、港に面したホテル・ラディソン・ブルーのロビーで若松は懐かしそうに話してくれた。監督週間は5月革命の余波で68年のカンヌ映画祭が中止になったことをうけ、創設されたばかり。熱気があった。
この日、ある視点部門で上映された「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」も、まさにその時代の物語だ。70年に自衛隊市ケ谷駐屯地に立てこもり切腹自殺した三島由紀夫の事件を描く。
若松は安保闘争の高まりの中で、国を憂う三島(井浦新)と森田必勝(満島真之介)ら民族派の学生たちが、事なかれ主義で一向に変わらない現状にいらだちを深めていくさまに焦点をあてる。政治的に正反対の立場であった新左翼の過激派を描いた「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」と対をなす作品だ。
「楯の会の若者も連合赤軍の若者も同じ。国を憂い、国のためにやろうとした。腹の立つことがあって何かをやるのに、右も左もなかった」と若松。楯の会の若者たちの純粋さが、義を重んじる大作家を追い込んでいく。
若松自身は事件当時「なんでだ」と思い、仲間とは「だからバカなんだあいつらは」と話していた。「反対側の人間だったからね。でも年数がたつうちに三島という人間の感じ方がわかってきた。彼が何を訴えようとしたのか、何のために切腹したのかを、せめて映画で描こうと思った。映画が事実とは言わないが、自分なりに理解はしている」
その後の日本人が、右も左も無節操に体制にのみこまれていったことへの失望が若松にはある。「同じですよ。楯の会も連合赤軍も。結局何も起きなかった」
「作品そのものを見てくれる」
65年に「壁の中の秘事」がベルリン映画祭のコンペに出品されたときは、マスコミから「国辱」と批判された。「よくぞ言ってくれた。国辱と言われたのはブニュエルとぼくだけ」と笑う。
以来半世紀近く、ベルリンもカンヌもヨーロッパの映画祭はずっと若松に敬意を払っている。「左とか右とかでなく、作品そのものを見てくれる」と若松。日本の文化状況が目先の風向きばかりを追って、定見がないのとはまるで違う。
「親とか先輩が語り続けてこなかった。表現者が何もやってこなかった。作る側が自己規制してどうなる」と若松は憤る。そんな半世紀にあってコンスタントに映画を作り続けてきた。「ぼくの能力って映画を撮ることしかないからね。フィルムで戦っているよ」
日本経済の低迷で独立系映画の製作事情が厳しい中、今年だけでも「海燕ホテル・ブルー」「11.25自決の日」「千年の愉楽」の3本を公開する。いずれも自主製作、自主配給。独立系成人映画を始めたころからやってきた、若松にとっては当たり前の方法だが、いま若い映画作家たちがこれに学んでいる。
76歳。「体はメタメタ。先が短くなってきたから、あせっている部分はあるが、もうちょっと撮りたい。あの世に行ってもフィルムは残るからね」
クローネンバーグの情報社会批判
25日のコンペにはカナダのデヴィッド・クローネンバーグ監督「コズモポリス」が登場した。ニューヨークで資産運用会社を経営し、巨万の富を蓄えた28歳の若者エリック・パッカー(ロバート・パティンソン)の1日の物語である。
物語の前半はほとんど大きな白いリムジンの中で展開する。近未来的なメタリックな車内に、情報機器の青白い光がもれる。ここですべての情報を収集し、外国為替や株式の取引を指示するのだ。この現代資本主義社会を象徴するような空間で、エリックは顧客と面会し、美術品の購入を相談し、医師の診察も受ける。排せつもするし、性交もする。
巨大な資産を最先端の情報機器を使って運用しながら、原始的なセックスの快感をむさぼる。エリックの生の手触りはきわめていびつな形で現れる。リムジンの外では暴動が起きているというのに……。
原作は「アンダーワールド」で知られる米国の作家ドン・デリーロの同名小説。高度に情報化した資本主義社会への黙示録とでもいうべき内容だ。ほとんど動きのない車内を舞台にしながら、世界の終わりを暗示するという難題に、クローネンバーグは果敢に取り組んでいる。
同日に上映されたウクライナのセルゲイ・ロズニツァ監督「霧の中」にも力があった。
舞台は第2次大戦中のソ連西部のドイツ占領地域。列車脱線事件への関与が疑われながらドイツ軍の処刑を免れ釈放された男が、2人のパルチザンに連行される。覚悟を決めた男が森の中で殺されかけたところにドイツ兵が現れ、パルチザンの1人は撃たれて重傷を負う。男は自分を殺しかけたパルチザンを助ける。
ドイツ兵におびえながら、森の中をさまよう3人の姿に、人間の極限状況がすけてみえる。恩讐(おんしゅう)を超えて、生き延びることができるのか。情感を排した冷徹なカメラが生の意味をとらえている。
ハネケに高評価、賛否割れるカラックス
映画祭も大詰め。コンペ作品は25日までに20本が公式上映され、あと2本を残すのみだ。マーケット関係者はほとんどカンヌを去り、街は静かになった。
業界誌スクリーン・インターナショナルとフィルム・フランセの星取表(23日までに上映された16本が対象)で、共に最も評価が高いのはミヒャエル・ハネケの「アムール」。24日にインタビューしたハネケは「社会的な作品をつくるつもりはなく、登場人物の感情的なものを描きたかった」と語っていた。
スクリーン誌ではクリスティアン・ムンジウ「ビヨンド・ザ・ヒルズ」がこれに並び、ジャック・オディアール、トマス・ヴィンターベア、アンドリュー・ドミニク作品も評価が高い。フィルム・フランセ誌はオディアール、ムンジウ、そしてレオス・カラックス作品が続く。アッバス・キアロスタミ「ライク・サムワン・イン・ラブ」は両誌とも中位以下にとどまる。
カンヌでの受賞実績があるハネケ、ムンジウ、オディアールの作品がほぼまんべんなく高評価であるのに対し、カラックス作品は賛否が極端に分かれている。果たして結果はどうでるか。
(編集委員 古賀重樹)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。