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決断する経営者の胆力を培った読書とは 資生堂会長 前田新造氏

2012/5/27

前田新造 資生堂会長

海と毒薬」(遠藤周作著)や「光と影」(渡辺淳一著)、「白い巨塔」(山崎豊子著)など医療現場を舞台にした小説がなぜ好きなのか。資生堂会長の前田新造に聞いてみると、少し照れたような表情で話し始めた。

■医療が題材の小説にひかれる

「人の命を預かる仕事ですよね。直接的に世の中で役立つ仕事ですよね。それも私利私欲なく。医師という世界に憧れました」。戦争中に腕を切断された中学校の恩師が戦争を引きずって無念の死を遂げたことも影響があったはずだ。高校時代は医者になるために勉強し、医学部を受験したものの希望はかなわなかった。だからこそ、憧れの世界を活字の中に追い求めたのかもしれない。小説で描かれる医療・医局現場の人間模様にとりつかれる。強い正義感、高い倫理観を持つ医師がいるかと思えば、生死の境で苦しむ患者を前にゲーム感覚のように治療方法を選ぶ医師。患者に選択肢などなく運命を決められてしまう。不条理な世界だ。強烈なエリート意識で医局内の出世街道を駆け上がろうとする医師がいるかと思えば、人事抗争とは無縁で患者の立場に立つ医師。「海と毒薬」「光と影」「白い巨塔」にはどれも2人の「主人公」が歩む両極端な人生が書き込まれている。自分の狭い世界ではとうてい経験できない世界だ。

大学では文学部に籍を置く。親元の大阪から東京へ。自由な時間を読書やジャズに費やした。そのときに出合ったのが「人間の條件」(五味川純平著)。学生の間で話題となっていた。戦争も不条理だが、軍隊というこれまた不気味で不条理極まった中で人間の尊厳とは何かを突き詰めた作品だ。全6巻。一気に読んだ。前田はこの「人間の條件」について日経新聞夕刊(2011年9月14日付)の「読書日記」の中でこう記している。「自己の体験をもとに戦争というモチーフを描いた傑作中の傑作である」

■化粧品は平和産業

前田新造 資生堂会長の蔵書印

戦争と死を直視する作品にひかれた前田がなぜ、きらびやかな世界に見える化粧品会社に入社したのか。前田の答えはこうだった。

「平和産業がいいよね」。大学時代に先鋭化した学生運動にも背を向けていた。

社会人になっても五味川作品を愛読する。「戦争と人間」(全18巻)は満員電車の中で読んだ。16巻までコンスタントに出版されていたが、そこでピタリと止まった。17巻が待ち切れずに出版社の三一書房に電話していつ出版されるのか聞いたほどだ。

女性の美を追い求め、生活の質を上げる資生堂。そこに身を置いた前田は渡辺淳一の恋愛、性愛小説にも心を奪われる。「各章の冒頭に使われる言葉の連なり、表現がなんともいえませんね。女性を描くと天下一品。めったに使わない日本語があります」。年を重ねるごとに女性の描写が変わり、それを追いかけている自分がいる。

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