アート&レビュー

名優、高倉健さんをしのぶ

母心 俳優 高倉健

2012/4/20

日本映画を代表する俳優、高倉健さんが亡くなりました。主演した映画「あなたへ」が公開された2012年、日経電子版に連載した「高倉健のダイレクトメッセージ」では誠実な人柄が伝わり、読者からも多くの反響が寄せられました。当時の連載を再掲し、高倉健さんの優しさ、芯の強さを改めて伝えます。
和美さんの話を聞いた時、親の教えの真髄にふれた気がした(撮影:今津勝幸)

5月13日…来たる「母の日」に寄せて、ある母親の話をご紹介します。

信州佐久の蔵元「橘倉酒造」の長男、井出太君は、若き友人のひとりです。

1992年の春、私はある店を出たところで、見知らぬ青年に声をかけられました。

「井出太と申します。サインをお願いしても、よろしいでしょうか?」

こんなキッカケで20年もの付き合いが続いているのですから、縁とは不思議なものです。

井出君に再会して東信州を案内してもらったのは、出会ってから10年後のこと…。

その夜の語らいの中で、58歳という若さで白血病で急逝された母親、和美さんの想い出を聞いた私は親の教えの真髄にふれたような気がして、思わず声をあげました。

「井出ちゃん、それこそ教育ですよ!」

■2匹の子ブタ

江戸の元禄の頃から三百数十年も続いている信州の蔵元に和歌山から嫁いだ和美さん。

和美さんを偲んで子どもたちは追悼集をまとめた

井出君が小学校に上がる頃、和美さんが子どもたちに買い与えたのは、2匹の子ブタでした。蔵元には冬の間、酒の仕込み作業のために大勢の蔵人たちが泊まり込みで働いています。その食事の残飯を入れた重いバケツを朝夕の2回、ブタ小屋まで運ぶのが、幼い井出君とふたりの妹たちの仕事でした。どんなに寒くても辛くても、ブタたちにエサを与えなければ、自分たちも朝食や夕食を食べさせてもらえない。さらに過酷だったのは、小屋の掃除と屎(し)尿の始末。寒風吹きすさぶ中、重いバケツを兄妹の3人で運ばなければなりません。「どうしてお母さんは、こんなことさせるの?」と、妹たちは泣きました。

信州の厳しい冬が過ぎ春が来ると、業者が丸々と太ったブタたちを引き取りに来ました。

アート&レビュー 新着記事

ALL CHANNEL