ジュリアナがアップルの広告拠点に バブル跡を歩く

今も現役、「日の出ビル」

首都高のそばに建つ日の出ビル。築50年近い今も現役だ

すっかり変わった芝浦だが、当時をしのばせる場所はいくつかある。1つは日の出ビル。首都高速道路・浜崎橋ジャンクションのそばに建つ9階建てのビルだ。当時既に古びたビルだったが、築50年近くになる今はさらに古さが際立つ。それでもスタジオや事務所が入居する現役のビルだ。

歌謡曲が流れる「東京ベイ・ゴーゴー」、首都高を見下ろすバー「ハーバーライツ」。日の出ビルにかつてあった2店は人気を集めた。近くには「アマゾンクラブ」という、ジャングルをイメージしたブラジル料理店もあった。アマゾンクラブでは1時間ごとにスコールの演出があった。光と音、そしてドライアイスでアマゾンのスコールを演出した。ムード満点の店だった。

海岸通りを南に向かうと、「ヤムヤム」というシーフードレストランがある。レンガ造りの外観は1988年(昭和63年)の開店時から変わっていない。ただ同店に尋ねたところ、当時を知る人はもういないという。

ヤムヤムの南東には、80年代後半に話題を呼んだ「湾岸食堂」があった。テレビドラマ「踊る大捜査線」にも登場した店で、今は移転して営業中だ。

ホイチョイ馬場康夫氏「あのころ、非日常を求めていた」

インクスティック芝浦は若者でごった返していた(1987年2月ごろ)

それにしても、倉庫街で駅から遠い芝浦がなぜブームとなったのか。映画「私をスキーに連れてって」「バブルへGO!!」の監督でホイチョイ・プロダクションズ(東京・世田谷)代表の馬場康夫氏は「倉庫街の非日常感が若者には新鮮だった。あのころの若者にとって、日常は嫌悪すべきものであり、日本離れしていることこそが『イケてる』場所の条件だった」と指摘。その上で70年代から90年代に至るトレンドをこう分析する(インタビュー記事はこちら)。

「全共闘など政治の季節が終わりを告げ、70年代後半になるとスキーやサーフィン、テニスなど米国文化が若者の心をとらえた。決定的だったのは83年の東京ディズニーランドの開園だ」

「六本木や赤坂、原宿など、バブル景気前後に流行スポットとなった場所には共通する点がある。それは、米軍関連施設があったということ。横文字の非日常感が何より若者をひき付けた」

あの時代、若者の心をとらえた街は今どうなっているのか。次回は六本木を歩く。(河尻定)

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読者からのコメント
40代女性 岡山県
懐かしい場所、よく遊びました。この記事に取り上げられている店も懐かしいですが、それよりも東京湾を眺めたり、潮の香りを感じたりなど、東京湾の傍にいるのが好きでした。様々な船舶の往来を見ていると世界と繋がっていることがダイレクトに感じられて、仕事のやる気も起きたものです。
りょ 40代男性 東京都
トーキョーベイ・ゴーゴー、ハーバーライト。この言葉に、日経のサイトで出合うとは。日の出ビル、まさに当時通ったビルで、あの狭い駐車スペースに車を停めて、朝まで遊んでいた場所です。当時は一応、流行の最先端を突っ走ってたのに、今の姿といったら……
元ボディコン娘 40代女性 東京都
懐かしい!本当にあのころはゴージャスリッチだった。会社のタクシーチケットを使って公然と遊びに行ったり、当然、企業も大盤振る舞い。いろいろなイベントや流行のお店など、最先端の話題で、毎日が盛り上がっていた。今の不況など考えられないバブルの華やかりし時代。男性がおごるのは当たり前で、女性はお財布など開かなかった(今は違うらしい)。バブル期を経験し、恩恵を被ったせいか目が肥え、多少のことでは動じない自分がいる。その半面、現代の若者は経済的に厳しい状況にあり、就職難等も含めて、かわいそうに感じてしまう。が、これも時代なのだろう。
40代男性 埼玉県
ちょうど掲載日の6日朝、赤坂プレスセンター周辺を歩きました。横文字については、空手道場が「KARATE」と看板に併記していたのが目につきました。日本の特徴的な文化に関心が寄せられているのでしょうね。
20代前半がバブル期 40代女性 東京都
ジュリアナ以外のお店にも触れられていたので、大変懐かしく、フェイスブックで少し盛り上がりました。特に「東京ベイゴーゴー」は、ジュリアナやゴールドとはちょっと違う客層のお店でメジャーな話題に出ることがあまりないので、今回の記事に出ていてとてもうれしかったです。過去の話の聞き書きだけでなく、現在どうなっているかまで調べていて、新聞の1つのコーナーだけではもったいない企画ですね。
madame 40代女性 東京都
私、バブルの申し子です。康夫ちゃんの「なんクリ」のとき女子大生。その後花の商社OLをエンジョイしました。最近聞いたのですが、20~30代の女の子が、40代後半から50代前半の男性に興味を持つらしいですね。なんでも、バブルを知っているオジサマだから、だとか。「バブルを知るオバサマ」である私は、びっくりしました。彼らは、ただ単に、会社の金使って遊んでただけじゃあないのぉ?? むしろ若くして起業して、成功者とたたえられるヒルズ族の方に、私は一本差し上げたいですね。
しがない大学院生 20代男性 京都府
バブル期のお話、大変興味深く拝見しました。生まれて間もなくバブルが崩壊し、日本経済といえば不況、という認識しかできない私としては、スーツ姿の社会人がディスコで遊んでいるさまは一種の異世界のように感じました。恐らくバブルのような経済は日本には二度と訪れないかと思いますが、私はそれで良いのだと思います。社会人が、社会人としての良識・落ち着きをもった国になれば良いなと思います。
マグロおやじ 40代男性 栃木県
日本の飲食業やサービス業のサービスレベルは世界的にみて最高水準だと思いますが、ずっと以前からそうだと思っていました。TDLが発端となって、バブル(空前の好景気ですね)とともに目の肥えた消費者が商売人を鍛えたのですね。実にいい企画ですね。こんな企画を待ってました!
moh 50代男性 千葉県
社会人にとって1990年代は斜陽の時代であり、オフタイムが派手だったのは1985年まで、譲っても1988年(昭和の終わりまで)という感覚です。今回特集されたディスコに関して、六本木以外にあるディスコは論外で、1980年代中半まで全盛だった瀬里奈ビル、スクエアビルを中心に、飯倉交差点あたりのお店でダラダラしてから帰るというのが日課であったように記憶しています。途中にあった会員制ディスコクラブ「The Bee」もよく通った記憶があります。出張で上海に行くと、深夜の新天地によく似た雰囲気が感じられ、東洋の国で経済が発展する過程においては、あのような「場」が出現するのかなと思います。

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