ジュリアナがアップルの広告拠点に バブル跡を歩く

バブルの夢つなぐ浦島橋

「芝浦ゴールド」跡地にはマンションが立ち並ぶ

ジュリアナがオープンしたのは1991年(平成3年)。バブルの象徴のようなイメージがあるが、実際には既にバブル崩壊が進んでいた時期だ。バブル期のディスコといえばむしろ、ジュリアナの近くにあった「芝浦ゴールド」だろう。

ジュリアナから歩いていくと、ゴールドは芝浦運河を渡った先になる。その橋の名はなんと「浦島橋」。過去と未来を結ぶ橋……なのだろうか。港郷土資料館に名前の由来を尋ねた。

「浦島橋ができた1922年(大正11年)当時、(ゴールドのあった)海岸3丁目のあたりは埋め立て中で、地元では『島』と呼んでいました。芝浦から『島』に向かう橋、ということで浦島橋という名前がついたようです」。実に単純なネーミングだった。

ゴールドは1989年(平成元年)に誕生した7階建ての巨大ディスコだ。ディスコより服装や踊りなどの自由度が高い「クラブ」のはしりともいわれている。

「芝浦ゴールド」で踊る人々(1990年1月)

記者も大学時代、友人に連れられて行ったことがある。「ダンパ(ダンスパーティー)」だと言われてついていったものの、あまりのノリに驚いたことを鮮明に覚えている。当時を思い出しながら浦島橋を渡り、記憶を頼りにそれらしき場所を探した。

もしかしてここでは、とあたりをつけたのは、橋を渡って右に歩いてすぐのライブハウス。ちょうど昼食時だったので取材がてら中に入った。イケメンの店員に「ここは昔ゴールドだった場所?」と聞いてみると「違うんですよ」と即答。橋を渡って左側にあるマンションがゴールドの跡地だという。ときどき聞かれることがあるようだ。

教えてもらった場所を訪れてみると、当時の面影は全くない。そこはマンションが立ち並ぶ「普通の街」となっていた。連日人が押し寄せたトレンドスポットとはとても思えない平和な空気が流れていた。

ジュリアナ入り口跡には、「JULIANA’S」の文字がうっすらと見える
浦島橋からジュリアナ跡地方面を望む。奥にボウリングのピンが見える
倉庫を改装した「芝浦ゴールド」の店内(1990年7月)
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