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アート&レビュー
舞台・演劇

新国立劇場「パーマ屋スミレ」時代に翻弄された民の愛と離別

2012/3/9

舞台・演劇

在日コリアンの戦後史に取り組む劇作家、鄭義信がまたも快作を放った。1960年代半ばの九州の炭鉱町。ヤマの事故で塗炭の苦しみをなめる人々の愛と離別の物語だ。鄭自身の入念な演出にこたえ、松重豊、南果歩らが九州弁で演技を燃えあがらせる。本年の収穫に数えられるだろう好舞台だ。

炭鉱町の理容店が舞台となる(写真 谷古宇 正彦)

開演前から、アコーディオンなどを抱えるコミカルな楽隊が客席の雰囲気を和らげる。彼らは繰り返し登場し、祭りの光景になったり、登場人物になったりする。客席と一体感のある理容店のセット(伊藤雅子)は豚のにおいに包まれる貧しい路地に連なり、下手に共同井戸や共同便所がある。井戸から水の気配がする場末の路地は鄭義信が一貫して劇の起こる場としてあつらえてきた、強固な原風景である。

九州では炭鉱で働く朝鮮人の山間の集落をアリラン峠と呼ぶことがあったという。そんな峠に住んだ3人の姉妹を中心に、その父、息子の世代まで、つまり在日一世から三世までが登場する。戦前は日本人だった在日コリアンは戦後になると朝鮮籍になり、祖国が南北に分断されてからは韓国籍や日本籍になる人もいた。この舞台でも国籍の相違が肉親の間でいさかいの種になる。

南果歩(左)と松重豊(写真 谷古宇 正彦)

さて、舞台である。高山理容所で炭鉱マンの頭を刈る次女の須美は自分の名を採った、香水のにおいのする店「パーマ屋スミレ」を開くことを夢見る。南果歩の演じる須美を主人公格にして、長女の初美(根岸季衣)、三女の春美(星野園美)とその夫たちが路地で入り乱れる。親族はいつも騒々しく、活気に満ちているが、ヤマの事故をきっかけに悲劇のるつぼと化す。

CO中毒(一酸化炭素中毒)で須美と春美の夫が体をむしばまれ、妻を苦しめる構図が痛々しい。坑内の地獄模様を語る作者の筆はえぐるような鋭さだ。なかで須美の夫、成勲(ソンフン)の松重豊が、この人としては最高といっていい演技。静かな怒りが内向し、オーラを放つ。中毒症状で体が衰弱していく難しい演技に説得力があり、抑えた演技から無念さがにじんでくる。

病気のせいで妻を愛せないつらさ、それを受けとめる妻の苦しさ。成勲の弟で、やはり事故で足が不自由な英勲(ヨンフン)は須美に欲望を抱き、絶望的な三角関係が生じる。松重の成勲と石橋徹郎の英勲が舞台を大きく使って殴り合う兄弟げんかの狂おしさ。激しければ激しいほど悲しいのである。生き物としての人間のにおいを感じさせるこの場の演出に、鄭義信の最良の持ち味が発揮されている。

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