アート&レビュー

名優、高倉健さんをしのぶ

1枚の写真 俳優 高倉健

2012/3/16

日本映画を代表する俳優、高倉健さんが亡くなりました。主演した映画「あなたへ」が公開された2012年、日経電子版に連載した「高倉健のダイレクトメッセージ」では誠実な人柄が伝わり、読者からも多くの反響が寄せられました。当時の連載を再掲し、高倉健さんの優しさ、芯の強さを改めて伝えます。

去年の桜を、私は重く沈んだ気持ちで見つめていました。

3月11日。私の胸によみがえったのは、遠い少年時代につぶやいた言葉だった ((C)「あなたへ」製作委員会)

3月11日。あの日、いつもの理髪店を出た私は、次の約束の場所へ向けて車を走らせていました。白金台に差しかかった時です。ガクンと大きな衝撃を感じた私は「パンクか?」と思い、車を止めました。

しかしそれは、戦後の日本が蓄積してきた経済や社会のシステムがパンクした瞬間でした。

おびただしい数の尊い命が失われ、ささやかな夢や希望が砕かれ、政府や大企業への信頼が失墜してゆく惨状を目の当たりにする中で、私の胸によみがえったのは、遠い少年時代につぶやいた言葉でした。

「日本が戦争に負けたらしいばい」

■震災と終戦

1945年8月15日。疎開先の福岡県遠賀郡香月(当時)で学徒動員に駆り出されていた私は中学2年生。水泳用の黒いフンドシ一丁で、近くの寺の池で泳いでいた時のことです。天皇陛下のお言葉があるらしいと聞き、仲間たちと急いで駆けつけた寺の本堂では、雑音混じりのラジオが鳴っていました。それを囲むように座り込んだ大人たちの中には、泣いている人もいました。

「えー? 日本が降参したとな? 負けたんか、日本が…」

それまで信じていたものが足元から崩れ、暗闇に突き落とされたような想い。終戦の時に似た絶望と寂寥が、私の胸をおおっていたのです。

2010年の秋にオファーを受けた「あなたへ」の出演。すでに具体的な動きが、始まっていました。しかし、俳優に何ができるというのだろう?

自分の中に生まれた問いかけが、暗雲のように体中に広がっていきました。

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