日本の通貨は「元」になるはずだった? 「円」誕生に3つの説

日銀を上空から見ると偶然にもくっきりとした円の字が…

米ドル、欧州ユーロ、日本円――。欧州財政問題などを背景に「円」が安全資産として注目され、円相場は一時、歴史的な高値圏で推移しました。通貨は経済学で「支払い手段」「物やサービスなどの価値の尺度」「価値の貯蔵手段」の3つの機能があり、日本では最古といわれる富本銭以降その役割を果たしています。では、現在の通貨単位「円」はどのように誕生したのか。その歴史には多くの謎が……。

明治時代初期。資本主義の育成を目指して「殖産興業」をスローガンに掲げた新政府にとって、さまざまな重量・純度の通貨や藩札が流通し複雑だった制度の改革は急務でした。明治4年(1871年)には手始めに「新貨条例」という法令を制定。通貨単位の「両・分・朱・文」の4進法を廃止し、「円・銭・厘」の10進法に変えました。

円と名付けたのは…

「百銭ヲ以テ一元ト定メ……」。法制定から遡ること2年前(明治2年=1869年)の新通貨を決める会議で、通貨政策を担当していた大隈重信がそれまでの「両」に代えて最初に提案したのは「元」でした。理由として(1)元は物事の始まりを表し新時代にふさわしい(2)オランダ通貨ギルダーを蘭学者が元と訳しているのを知っていた(3)中国で流通する通貨名を挙げて知識を披露した――などが考えられています。しかし、その会議の4カ月後に作られた外交文書には「一円ヲ以テメキシコ洋銀一枚ニ……」とあり、元に代わって公文書上で初めて円が登場、これ以降は円が定着したとされています。

日本の通貨に関わる歴史
時代出来事
7世紀後半最古といわれる富本銭が誕生
1600年ごろ紙幣で最古とされる「山田羽書(はがき)」誕生
1869年3月大隈重信が「両」に代えて「元」を提議
1869年7月公文書に「円」初登場
1871年5月新貨条例で正式に「円」採用
1882年10月日本銀行開業
1885年5月日本銀行券の発行開始
1946年2月聖徳太子肖像の百円札発行
1946年3月二宮尊徳肖像の一円札発行
1963年11月伊藤博文肖像の千円札発行
1984年11月福沢諭吉肖像の一万円札発行
2000年7月2000年を記念して二千円札発行

なぜ元ではなく円になったのか。日本銀行の貨幣博物館では(1)楕円形、四角形など複数あった形を持ち運びしやすいよう円形に統一した(2)製造モデルとなった香港銀貨「壱円」をまねた(3)円銀などと呼ばれていた中国の円形通貨が伝わった――の3つの説を紹介していますが、「どれが正しいかは不明」(貨幣博物館)とのこと。事実、明治5、6年(1872、73年)の火災で議論の経過をたどる公文書が焼失しており、残念ながら証拠となる史料は現存しません。

有力説を検証してみましょう。(1)の円形説は貨幣を円形にした理由について、重信が「こうすれば誰でもお金と分かる」と指を丸め、反対論者を説得したという逸話がよく知られています。しかし当時、親指と人さし指で作った丸は江戸期の最下級の貨幣である一文銭を表すにすぎませんでした。現在のように貨幣、ひいてはお金という概念全般を表していたわけではない以上、この一事をもって円が両に取って代わった根拠とするのは早計かもしれません。また円形説は当初重信自身が提案した元導入論の否定にもつながり、「あくまで俗説だろう」(貨幣史に詳しい慶応義塾大学の中島圭一教授)との見方が支配的です。