アート&レビュー

初めての俳句・短歌

中城ふみ子の恋の歌 短歌一口講座 冬の帽子

2012/1/21

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(おおつじ・たかひろ)1960年三重県生まれ。龍谷大大学院文学研究科修了。現代歌人協会会員。三重県立松阪高校教諭

今回の「耳を澄まして」では、中城ふみ子(1922-54)の歌が取り上げられていました。

中城ふみ子は、昭和29年(1954年)4月『短歌研究』に連作「乳房喪失」を発表し、鮮烈なデビューをします。前夫との離婚、若い恋人との恋、乳がんの発症といった劇的な人生が注目され、新世代の女性歌人として大きな脚光を浴びました。が、「乳房喪失」という題名が示す通り、彼女はすでに末期の乳がんに侵されていました。彼女はその年の8月、31歳で夭折します。

ふみ子の歌は、激しい心情を歌った歌が注目される場合が多いのですが、よく読むと、可憐な心情を歌った恋の歌も多くあります。今回はそんな彼女の歌を読んでみましょう。

  胸のここにはふれずあなたも帰りゆく自転車の輪はきらきらとして

昭和26年(51年)、ふみ子は夫と別れ、故郷の帯広で暮していました。その頃、若い男性との恋がいくつかあったようです。この歌には、ふみ子の身体に触れることなく自転車を押して帰ってゆく恋人の姿が描かれています。自分に触れる意気地のない若者へのじれったい思いと、その若さを愛しく思う気持ちが、下句のキラキラと光る自転車の描写によく現れています。

  長き脚もて余すがに坐るよと余裕あるときわれは年うへ

若い恋人が長く細い脚を折り曲げて椅子に座ります。その姿を見てふみ子は「なんて華奢なんだろう」と感じたのでしょう。それは姉が弟を見るような余裕と慈愛に満ちたまなざしでしょう。それを自覚するとき、ふみ子は自分が「年うへ」であることを鋭く意識するのです。

  かがまりて君の靴紐結びやる卑近なかたちよ倖せといふは

恋人の靴の前に背を曲げて、靴紐を結ぶ。それは男性の前に跪(ひざまず)く行為であり、卑屈さを感じる行為なのかもしれません。が、そのような卑近な動作のなかに、ふみ子は恋人に尽くす「倖せ」があると主張するのです。

ふみ子が生きた昭和20年代。離婚歴のある女性を特別視する風潮が当時はまだ世間に残っていました。中城ふみ子は人々の好奇の目を撥ね返すように、胸を張って、自分の恋を歌い続けたのです。

(大辻 隆弘)

「初めての俳句・短歌」では、日本経済新聞土曜夕刊の連載「耳を澄まして あの歌この句」(社会面)に連動して、毎回、季節に合った写真に短歌や俳句を添えます。歌人の大辻隆弘さんと、俳人の高田正子さんが歌や句の背景、技法についてわかりやすく解説します。

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