Bunkamura「下谷万年町物語」“舞台の精”宮沢りえの躍動する演技に驚き

宮沢りえが爆発した。変幻自在な表情は輝くばかり、細い手足を振りまわし、エネルギー満載で躍動する。舞台の精のようなこの女優をいま目におさめておこう。

その演技に驚きつつもセリフについていけない、わからない。それでもなお、忘れられない印象を残す、異色中の異色といえる舞台。

左から藤原竜也、宮沢りえ、西島隆弘(写真 細野 晋司)

鬼才、唐十郎の1981年の作。初演と同じ蜷川幸雄の演出でよみがえった。休憩を入れて3時間半。少年がダーウィンの見た大トカゲの話を突然はじめたり、人間が6本指をもっていたり、けたたましい開演ブザーが幻の劇場から聞こえてきたり。熱に浮かされた妄想が舞台を埋めつくす。

作者が生まれ育った町が題名である。終戦直後、男娼(だんしょう)や流れ者が入り交じり、狂乱のるつぼのような場所をつくっていた。時は昭和23年(1948年)、八軒長屋に奇怪なオカマたちの合唱が響く。「山手は狸穴(まみあな)、下谷は万年町……」のユーモラスなラインダンスがおどろおどろしい(猪俣公章音楽)。オカマのお春は少年の文ちゃんに自分のイロだった洋一の行方を追わせる。洋一はオカマたちが奪いとった警視総監の帽子をもって逃走していた。警察からにらまれたオカマたちは、米の配給にありつけなくなっていたのだ。他方、浅草軽騎座はこの事件を劇化した「娼夫の森」の上演をもくろむ。と、そこに浅草の瓢箪池(ひょうたんいけ)から踊り子のキティ・瓢田が現れ、洋一や文ちゃんと夢の「サフラン座」の旗揚げを決意する……。

まあ筋を書いてもせんないこと。ただ終戦直後の表徴が舞台を彩ることは知っておきたい。昭和23年に警視総監が上野公園を視察中、女装した男に暴行されたのは本当の事件。翌年、小説「男娼の森」が話題になり、浅草ロック座でバンジュンこと伴淳三郎主演で舞台になった。ちなみに男娼は当時の世相風俗の象徴であり、シュールレアリスム絵画の古沢岩美が描いたことでも知られる。

瓢箪池も実在したし、台風の名を引く美しき怪物キティ・瓢田の面差しには、浅草の国際劇場で輝いた男装の麗人、ターキーこと水の江瀧子の幻影が宿る。さらにいえば、彼女は唐の愛するテネシー・ウィリアムズの「欲望という名の電車」の主役ブランチの転生ともみえる。つまりこの狂乱の舞台は、唐が全力をかけて歌いあげた「我が町」へのレクイエムなのである。

これも初演同様、朝倉摂の美術、吉井澄雄の照明。八軒長屋がそびえたつように舞台を圧し、前方には緑色の水をたたえた瓢箪池がある。唐十郎といえば水、前半から出演者はこれでもかと池に飛びこむ。風邪をひかないかと心配になるくらい。

純白の衣装をまとうキティ・瓢田の宮沢りえが池の水底から抱き上げられるシーンの鮮やかさ。横たわって吹き上げる水の高さ。この世ならぬ存在の彼女は薄汚い部屋で穴に落ちたかと思えば、ゴミ箱から顔を出す。まるで手品のような身のこなし。挿入歌にはてこずるものの、ハスキーな声がよく通るし、目にらんらんと狂気の灯もともる。赤い下着姿でフラフラになって、鮮血をしたたらせる妖しさ。「私はやるんだー」の悲痛な叫びが哀切きわまりない。

注目記事
今こそ始める学び特集