健康・医療

医人たちの挑戦

日本の未来映す高齢化都市 夕張市立診療所医師・森田洋之さん(1) 地域とともに生きる医療へ

2012/1/8

 2009年春、私は北海道夕張市に医師として赴任しました。それまで内科医として勤務していた都市部の大病院には、「もし自分だったら入れてほしくない。親を入れたくない」と誰しも思うような、寝たきり高齢者でもおなかに小さな穴を開けカテーテルで直接栄養を流し込む胃瘻(いろう)挿入術をせざるを得ない高齢者医療の現実がありました。

高齢者を診察する森田洋之さん

 夕張では予防医療や在宅医療に取り組み成果を上げていると聞き、地域全体を考えた医療に共感し、家族の反対を押し切って赴任を志願しました。

 引っ越しは私と妻、当時3歳の長男、生後4ヶ月の次男の4人家族全員で九州からの大移動。一番最初に夕張駅に降り立った時、妻は言いました。「ここで生活できるの?」。妻のこの言葉は今も忘れられません。駅の周りには民家もなく、人の気配もまるでなし。心配そうな妻を横目に強がっている私も実は心細かったのでした。

 実際、夕張市内は子供の数も極端に少なく、近所でお見かけするのはお年寄りばかり。私が入居したのは総数70世帯の比較的大きな市営アパート(ほぼ満室)ですが、未成年がいる世帯は、なんと我が家とあと一軒の2世帯のみでした。近所で子供を見ないのも納得です。実は、夕張市の高齢化率は44%、市として日本一なのです。人の住まなくなった古い住宅たちは雪で潰れ、廃虚マニアがよく写真を撮りに来ています。

北海道夕張市の市立診療所に医師として赴任した森田洋之さん

 その上、実はデパートが出来たのが札幌に続いて北海道で2番目というくらい、かつては道内有数の大都会だったため、核家族化も著しく、全世帯の6割に及ぶ高齢者世帯のうち半分が独居高齢者、残りもほとんど高齢夫婦二人暮らし。子供世代と同居されている高齢者はたったの6%です。

 イメージで言うと、今でも高齢化が指摘されている東京の多摩地区が高齢化率40%(現在の約2倍)になったような感じでしょうか。ここまで高齢化した都市というのは、世界的にも稀なケースだと思います。

 この話、遠い北の果てのどこかの話と思わないでください。実は日本全体の高齢化率もあと数十年で40%を超えると言われています。つまり、東京・大阪のような大都会も、団塊の世代が高齢化する近い将来、今の夕張のような「廃墟とお年寄りだらけで子供のいない世界」になるかもしれないということです。

 日本中がこんな風景になったとき、果たして日本は現在の国力を維持できるのでしょうか。現在の医療レベルを維持できるのでしょうか。

かつて炭鉱町として栄えた北海道夕張市。今は全世帯の6割が高齢者世帯だ

 先日、関西から夕張に見学にいらした大学の先生からメールを頂きました。「実際に見る夕張の風景は、私にとってショッキングでした。今後の日本、そして医療がどうあるべきかを再度考えさせられました」ということでした。そういう意味では、夕張は日本の未来を映し出す鏡として捉えられるのかもしれません。

 さて、私の勤務先は夕張市立診療所です。市の財政破綻にともない、巨額の赤字を抱えていた市立病院も閉鎖。公設民営の市立診療所となり、以来「夕張希望の杜」(村上智彦理事長)が運営しています。希望の杜は村上理事長のリーダーシップの下、この夕張という地域だからこそやらなければならない、またこれから日本全体で取り組まなければならない課題に先駆けて挑戦し、予防による肺炎などの死亡率激減、高齢者医療費の減少など様々な成果につながっています。

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 森田洋之(もりた・ひろゆき)1971年生まれ。97年一橋大経済学部を卒業後、2003年宮崎医科大医学部を卒業。宮崎県内の総合病院で初期・後期研修を終え、09年4月から夕張希望の杜夕張市立診療所に医師として勤務。10年には宮崎県延岡市の健康長寿アドバイザーも務め、コンビニ受診に関する調査などを実施。夕張では在宅医療を中心とした地域包括ケアを実践。内科医。

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 へき地医療、医師の偏在、医療事故――。「医人たちの挑戦」は、転換期にある日本の医療現場で逆境に立ち向かう人の姿を隔週で紹介するコラムです。医師や患者ら6人の筆者が、それぞれの体験を通して日本の医療の今をつづります。

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